ヴェネツィア・ビエンナーレと気候危機
こんにちは。ひょんなことから話が進み、ヴェネチア・ビエンナーレで茶道のパフォーマンスをすることになりまして、6日間ヴェネツィアに行って参りました。
ヴェネツィア・ビエンナーレは、2年に一度行われる芸術の祭典で、建築の年とアートの年が交互に行われております。今年は建築の方のお祭りでした。
今回のレターは、ヴェネツィア・ビエンナーレ全体のレポートとなります。世界の著名な建築家たちが自らの技量や芸術性を示すだけでなく、そこには21世紀最大の課題である気候危機への問題提起が数多くありました。
Intelligens. Natural. Artificial. Collective.
「知性、自然、人工、集合的」と銘打たれた今回のビエンナーレ。建築家や哲学者、アーティストなどの "Intelligens(知性的な人の意)" が集まり、持続可能な都市のあり方やテクノロジーと自然の関わりについての集合知を示した。
衝撃の1作目
アルセナーレ会場は、衝撃的な作品から始まる。

そこかしこに吊るされた室外機。画角には収まりきらないが、360°この光景が広がっている。
そしてなんと言っても、この空間が暑いのだ。体感30℃ほどはあっただろうか。
無機質な人工物に囲まれる中、なんとも言えない虚無感が漂う。
「建築の芸術祭だ〜!」とルンルンでやって来た僕を、空気感でぶん殴ってきた。
そして、この先の分厚いカーテンを抜けた先は、と〜っても涼しく、エアコンがた〜くさんあった。

この社会批評性についての説明は不要だろうが、重要なのは、そのエアコンの存在に気付きづらい設計になっているということだ。
「暑いな〜、でもそうだよな、僕たちの快適な生活の裏には室外機があって、それによって割を食っていることを認識しないとな〜」と言った矢先、「あ、涼し、いつもの生活だ〜」となる。
でも、「なぜ涼しいのだろうか」とはならない。これが「当たり前」だから。そして、君たちの「当たり前」は背後にある過剰な量のエアコンによって成り立っているんだよ〜まぁ気づかないよね〜ははは〜と皮肉られていたと思う。
僕は次の展示の写真を撮る場所を探すために、ぐるっと回っててたまたま見つけたが、初めは全く気付かなかった。ごめんなさい。
さらに衝撃の2作目
そして次の展示もなかなかすごい。

「壁の向こう側」と題されたこの展示は、世界人口の増加を可視化したものである。
壁の横側をよく見ると、「-5000, 0, 1650, 1804, 1927, 1974, 2025」と西暦が赤字で書かれている。
1804年辺りから急激に伸び始め、その名の通り「壁」のように、ほぼ直角かのように見える。
そして、その "向こう側" を見てみよう。

壁を支える鉄の棒、タンカンは、もこもこのカビのようなものに侵食され、見るからに「崩壊」している。
説明文にて、我々は未知の成長を遂げて来たが、このまま進むと崩壊が待っているという旨が書かれていた。かなり悲観的に世界を捉え、それをアートとして直感的に可視化していた。
これは、僕がこのレターで発信している「強い持続可能性」と呼ばれる、エコロジー経済学やプラネタリーバウンダリー、ドーナツ経済学、脱成長、ポスト成長、などが提起する問題意識と共通している。
特に、エコロジー経済学は人口規模についても冷静に議論をしているが、この議論は「人口抑制政策が倫理的に危ういのではないか」という懸念から避けられることが多い。しかし、この人口規模への問題提起が、建築の芸術祭の2つ目の作品として存在しており、かなり印象的であった。
サーキュラーエコノミー
先をどんどん進んでいくと、やはりテーマの1つである "Natural" に関する展示も多い。
以下の展示は中国のアーティストによる、紙で作られた巨大な作品だが、"サーキュラーな展示” のあり方について提起している。

解説文では、以下のことが書かれていた。
製造プロセス中に展示会へのサーキュラーアプローチをどのように発展させるか?
-
展示会のデザインプロセスにサーキュラリティをどのように組み込むことができるか?
1.1 サーキュラーデザインの最適化
1.2 既存構造の再利用
1.3 材料の選定
1.4 リニア思考管理ツールの導入 -
グリーンロジスティクスの優先
2.1 購入ではなくレンタル
2.2 地元での建設
2.3 グリーンロジスティクスの優先 -
展示会場や組織は、運営においてどのようにサーキュラリティを促進できるか?
3.1 エネルギー消費管理
3.2 室内環境の快適性と質の確保
3.3 社会的影響と全般的な責任 -
展示会が循環型の後世を迎えるために何ができるか?
4.1 設置から地域化へ
4.2 材料の分類とアップサイクリング
4.3 設置物のリサイクルと再創造
説明不要な大きさと精巧さを持ち合わせたアートと共に、サーキュラーエコノミーに関する深い理解とアートへの汎用性を示し、詳細に提示していた。
サイエンスコミュニケーションの1つとして、とても印象に残った。
ドイツパビリオン
そして、各国のパビリオンが並ぶジャルディーニ会場では、ドイツパビリオンの展示が印象的だった。
他のパビリオンでは、各国の特徴的な素材や建築技術を示した展示が多かった中、ドイツでは気候変動に対する危機意識を明確に示していた。

プロジェクターによって、前後左右に都市の映像が次々と映し出される。
高層ビルを寄りで撮ったり、都市全体のコンクリートジャングルを撮ったり、角張った建物ばかりを見ているとなぜか緊張感を持ってしまう。
そこに、気候変動の惨状を伝えるニュースが次々と始まる。台風や洪水、海面上昇、熱中症、山火事など、全画面に広がっていく。
その後、画面前方に、悲しい表情で、時に目に涙を浮かべている老若男女が1人ずつ投影される。
最後に、クラシック音楽と共に、都市にある自然を映し出す。

全体が緑に包まれると、先ほどの緊張感はなくなり、体がリラックスし始めて呼吸が深くなる。
特に言葉による説明はないが、何を伝えたいのは明白だった。
この会場を奥に進むと、広めのスペースに大きな木が4本植えられており、植物と土の香りに癒された。
視覚と聴覚、そして嗅覚を使って自然の偉大さを再確認した素晴らしい展示だった。
ヴェネツィアと気候危機
ということで、少しだけビエンナーレについての共有でした。11月くらいまで常設展示をしているそうなので、「え、おれ今ヴェネツィアにいるわ」って方はぜひ行ってみてください。
最後に、ヴェネツィアは地盤沈下と海面上昇によって2100年までに水没する可能性があると指摘されておりますので、その辺の共有を。

この水の都は、気候変動による海面上昇の影響を受けやすく、1872年から2019年の約150年間で平均1.23mm/年の上昇が確認されています (Zanchettin et.al., 2021)。
大幅な氷床の融解を伴った最悪のケースでは、2100年には、海面上昇が約180cmにも上る可能性が指摘されています (Zanchettin et.al., 2021)。
実際、市内中心部の洪水頻度はここ数十年で劇的に増加しております。20世紀前半では、10年あたり120cmを超える洪水は2件未満だったところから、20世紀後半では約10件になり、直近の2010年から2019年の10年間では40件に急増しています (Lionello et.al.,2021)。
1000年以上続く歴史や文化が失われるかもしれないという危機的な状況なんですね。
そのような背景があるからこそ、建築の祭典と言いつつも、気候危機を象徴するアートでこの展覧会の口火を切っていたのだと納得しました。
僕も、ガラス工芸で有名なムラノのガラスペンを買って、今週からウキウキで使っていますが、この美しい手工芸が無くなるのは何としても避けたいと思っております。
来年はアートのビエンナーレがあるので、ぜひとももう一度行きたいなと思います。
参考文献
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Lionello, P., Nicholls, R. J., Umgiesser, G., & Zanchettin, D. (2021). Venice flooding and sea level: Past evolution, present issues, and future projections (introduction to the special issue). Natural Hazards and Earth System Sciences, 21(8), 2633–2641. https://doi.org/10.5194/nhess-21-2633-2021
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Zanchettin, D., Bruni, S., Raicich, F., Lionello, P., Adloff, F., Androsov, A., Antonioli, F., Artale, V., Carminati, E., Ferrarin, C., Fofonova, V., Nicholls, R. J., Rubinetti, S., Rubino, A., Sannino, G., Spada, G., Thiéblemont, R., Tsimplis, M., Umgiesser, G., … Zerbini, S. (2021). Sea-level rise in Venice: Historic and future trends (review article). Natural Hazards and Earth System Sciences, 21(8), 2643–2678. https://doi.org/10.5194/nhess-21-2643-2021
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