【ポスト成長】成長の"生態学的・社会的・経済的" 限界

2025年1月のTHE LANCET Planetary Health に掲載された、おもろ論文を読もう
keene 2025.04.24
誰でも

本日のグループワークでは、なんと、3分喋りましたね〜。「食料産業におけるコンピュータービジョン」というテーマに関連する論文を、10本くらいドキュメントにまとめたよってPhDの学生に報告しました。

「あ〜」とか「え〜」とか、フィラーワードたちはたくさん登場しているものの、よく話せて、質問もできております。いやあ毎週少しずつ成長が実感できていていいんじゃないのかい? ヤー!

さて今回は、ポスト成長についてでございます。以前に「脱成長」を軽くやりましたが、こちらも経済成長を前提としない経済という意味で、似たような概念です。

ポスト成長とは

まず定義からですが、著者は以下のように言っております。

ポスト成長の中心的な考え方は、GDPの増加という目標を、地球の限界内で人間の幸福を向上させるという目標に置き換えることである。
Kallis et.al., 2025

その背景として、高所得国における継続的な経済成長は、環境的に持続可能でなく、社会的に有益ではなく、経済的にも達成不可能であるという懸念があると言います。

その上で、ポスト成長は、成長からの自立、または成長のない繁栄を重視し、ドーナツ経済学と厚生経済学、定常経済学、そして脱成長の研究を包括するような用語として機能するんだとか。

厚生経済学はまだ僕の記事では触れられていませんが、ドーナツ経済学定常経済学(エコロジー経済学)脱成長論はそれぞれ見に行ってください。ざっくりいうと以下のイメージです。

  • ドーナツ経済学:経済を地球の限界内に止め、かつ人間の基本的欲求の充足を考える

  • 定常経済学:社会の資源利用をより低く(インプットを少なく)、持続可能なレベルで安定させる

  • 脱成長論:環境負荷と不平等を削減するために、経済を計画的に減速させる

そして「ポスト成長論は、多元的であり、これらすべての視点に開かれている」とし、「〜学」の形でないことからも、かなり広い社会的な概念であることがわかりますね。これら、経済成長を追い求めようとしていなオルタナティブな経済学たちをひっくるめて「ポスト成長論」とまとめられまっせと言っている訳です。

成長の"生態学的・社会的・経済的" 限界

それでは、その根拠を3つの観点から見ていきましょう。

"生態学的" 限界

プラネタリーバウンダリーを含め色々言っておられますが、特に重要な点は、従来使われていた地球温暖化の経済的影響の指標は、気候被害を過小評価しているということですね。

具体的にいうと、ノードハウスさん(2018)の論文で、「2100 年までに地球の気温が4.3℃上昇しても、世界経済は2015年より7.8倍の規模になる」というものがあります。

しかし、本論文でカリスさん(2025)は、地球温暖化の経済的影響の指標に、地域気温と地域GDPの相関関係を使うのは不十分だという訳です。

それに対して、新しい2022年と2024年の論文で、気候変動の経済的コストがこれまでの推定値よりはるかに高く出ていると反論しています。以下にズドンすると、

  • 現状の温暖化によって、今後26年以内に1人当たり所得が19%減少すると、既に確定している (Gills et.al., 2022)

  • さらに気温が1℃上昇するごとに、世界のGDPは12%減少する (Kotz et.al., 2024)

と、もちろんこうした推定には不確実性が伴うことや、気候変動による生態系や福祉の損失を数字に換算することの問題もあるよと指摘しつつ、経済成長を続けられるかどうか、そして限界内に止まれるかどうかを考えないとねと言っておられます。

"社会的" 限界

続いて社会的な成長の限界です。こちらは、所得が一定水準を超えると、GDP成長が人間の幸福感を向上させないというものです。

これは社会的限界仮説とも呼ばれ、所得が高くなって絶対的な幸福度が上がったとしても、悲しいかな人々はそれには慣れてしまい、結局、豊かになっている他者と自分を比較してしまうため、成長が主観的な幸福感を向上させる程度には限界があるとする説ですね。

この仮説を支持する根拠として、イースタリンのパラドックスがあります。

これによると、幸福度は所得と比例することが示されていますが、時間が経過すると、所得の伸びと幸福度の成長が優位な相関関係を持たなくなるというパラドックスです。

このパラドックスに対して、成長と幸福度の関係は、対象となる国や期間の長さ、測定される幸福度の種類によって異なるぞという異論もあるそうですが、成長と幸福に関するおもしろい議論ですよね。

また、社会的費用仮説というのもありまして、こちらは、GDPが一定水準を超えると、成長の費用(混雑、汚染、精神衛生、社会の混乱)が増え、幸福感の向上を相殺するというものです。

この仮説の根拠としては「GPIとGDPの分離」があります。GPIとは、「真の進歩指標」と呼ばれるもので、GDPが経済活動であれば何でもプラスに換算するということに異を唱え、社会にとって有益な活動と、有害な活動を正確に分類しようという指標でございます。

例えば、都市の空気が汚染されているから空気清浄機を買おうってなった場合、GDP的には完全にプラスですが、GPIとしては、大気汚染によって行われた支出なのでプラマイゼロとカウントする感じです。

その指標によると、一人当たりのGPI(真の進歩指標)は1978年をピークに横ばいで、GDPの成長率とは切り離されています(Ida et.al., 2013)。経済成長が進んでも、その成長にかかるコストを差し引けば、社会全体の進歩レベルで言うと一定で変わっていないということです。

"経済的" 限界

そして最後に、経済的な成長の限界です。これは、すでにGDPが高い水準に達している経済において、今後も成長が続くのかという問いです。

実際、アメリカ、日本、イタリアなどの高所得国では、成長率の低下が見られており、これらの国は過去60年間で一人当たりGDP成長率は低下しておりますと。

この原因としては、これまた沢山ありますが、一つの証拠として、研究とイノベーションの生産性が低下してきていることを挙げています(Jones, 2019)。

また、多くの経済学者は高所得国が停滞している要因として、投資関連のものだったり、人口動態、教育、分配、エネルギー、などに焦点を当てて論じているそうです。

一言で言うと、「わかんねえ」だと思います。

いくつかの研究では、経済成長の結果として現在の停滞があると言われているそうです。つまり、高所得国はもうとんでもない富のレベルに達しており、経済の停滞は、「自発的な出生率の低下」や、「製造業からサービス業へのシフト」などの、良い発展の結果として起こっていることです。

ただ、この経済減速は、環境的には有益な可能性があると指摘されています (Dorling & McClure, 2020)。それは、新技術には必ずリスクが伴うし、人々の安全を考えると、最適な経済の成長率はゼロに近づいていくよというわけです。この辺の内容は、『Slowdown 減速する素晴らしき世界』という日本語版の分厚い本が出ておりますのでぜひ。僕もドイツにわざわざ持ってきておりまして、淡々と経済のスローダウンについて事実を並べていく感じがめちゃおもろいです。

ただ、このポスト成長論は、現在の経済システムの中で「成長終われ〜」とか「成長終わるぞ〜」と言っているという訳ではないと釘を指しております。問題は、経済システムが成長に依存している中で、このまま停滞するってのはリスクだよねということです。

だからこそ、成長なしで繁栄するにはどうするか?と視点を移すことが重要だと言います。

まとめ

  • 生態学的限界:思ってたより気候変動の影響がでかいっぽい

  • 社会的限界:一定まで成長したら幸福度上がらんっぽい

  • 経済的限界:普通に発展し切ったら経済成長停滞するっぽい

  • ポスト成長は、「成長からの自立・成長のない繁栄」を目指す

次回、ポスト成長時代の政策について具体的に見ていきます〜

参考文献

  • Dorling, D., & McClure, K. (2020). Slowdown: The End of the Great Acceleration—And Why It’s Good for the Planet, the Economy, and Our Lives. Yale University Press. https://books.google.de/books?id=V1LaDwAAQBAJ

  • Gills, B., & Morgan, J. (Eds.). (2022). Economics and Climate Emergency (1st ed.). Routledge. https://doi.org/10.4324/9781003174707

  • Ida Kubiszewski, Robert Costanza, Carol Franco, Philip Lawn, John Talberth, Tim Jackson, Camille Aylmer, Beyond GDP: Measuring and achieving global genuine progress, Ecological Economics, Volume 93, 2013, Pages 57-68, ISSN 0921-8009, https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2013.04.019.

  • Jones, C.I. (2019), Paul Romer: Ideas, Nonrivalry, and Endogenous Growth. Scand. J. of Economics, 121: 859-883. https://doi.org/10.1111/sjoe.12370

  • Kotz, M., Levermann, A. & Wenz, L. The economic commitment of climate change. Nature628, 551–557 (2024). https://doi.org/10.1038/s41586-024-07219-0

  • Nordhaus, W. Evolution of modeling of the economics of global warming: changes in the DICE model, 1992–2017. Climatic Change148, 623–640 (2018). https://doi.org/10.1007/s10584-018-2218-y

  • Post-growth: the science of wellbeing within planetary boundaries. Kallis, Giorgos et al.The Lancet Planetary Health, Volume 9, Issue 1, e62-e78

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