【ドーナツ経済学】ドーナツの中で暮らす

過不足ないちょうどいい規模の経済、決して甘くないドーナツがあった。
keene 2025.03.12
誰でも

前回書いた、地球で安全に暮らせるための9つの指標、プラネタリーバウンダリー(惑星の境界)ですが、今回は、そのプラネタリーバウンダリーに影響を受け、「それ経済学になりやしませんか〜」ということで2012年から2017年にかけてできた、産まれたての経済学をご紹介しやす。

その名も「ドーナツ経済学」。

ミスドがスポンサーに付いてないか未だに疑わしいですが、至って真面目に「人間の幸福」と「地球の健康」を考えた経済学でございます。

ドーナツ経済学 基礎

あぁ見出しにするとやっぱいい名前ですね。大学の履修登録で「ドーナツ経済学 基礎」って書いてたら、サステナビリティに関心がない人でも、まず最初に絶対クリックするなあ。

とりあえず、定義をズドン

  • ドーナツの内側を社会的境界、外側を生態学的境界として、その中で暮らしやしょう

ドーナツの内側:社会的境界は、2012年のリオ+20や、2015年のSDGsによって国際的に合意された、人間の幸福に関する最低基準から派生しており、以下の11の項目があります。

  • 食料安全保障

  • 所得

  • 水と衛生設備

  • 健康

  • 教育

  • エネルギー

  • ジェンダー平等

  • 社会的公平性

  • 声 (政治参加)

  • 仕事

  • レジリエンス (Raworth, K. 2017)

ドーナツの外側:生態学的境界は、我らがロックストローム先生のプラネタリーバウンダリーの9項目です。

  • 気候変動

  • 生物圏の健全性

  • オゾン層の破壊

  • 海洋酸性化

  • 窒素・リンの循環

  • 土地利用の変化

  • 淡水利用の変化

  • 大気エアロゾルによる負荷

  • 新しい合成化学物質 (Katherine et.al., 2023)

実際に図を見てみましょうズドン。

Raworth, K. (n.d.)

Raworth, K. (n.d.)

ドーナツが二次元で、なんかめっちゃ緑なのは置いといて、こんな感じで、プラネタリーバウンダリーが上限を設定していたのに加えて、ドーナツは下限も設けたというわけです。

そして、そのドーナツの生地の中で「生態学的な超過」も「社会的な不足」も無い中で経済を発展させましょうというのがこのドーナツ経済学です。

僕の学派であるエコロジー経済学とも、これまた相性の良い経済学が産まれて嬉しい限りです。

21世紀を生き抜く4つのドーナツ思考

現在、何百万もの人々が社会的境界を下回る生活を送っている一方で (Raworth, K. (2017))、
同時に、地球の生態学的境界の9分の6項目がすでに超過しています (Katherine et.al., 2023)。

そんな中、ラワースさんは21世紀の課題について、

今世紀の人類の幸福を向上させるには、この社会的不足と生態学的超過を同時に解消できるかどうかにかかっています。
Raworth, K. (2017)

不足と超過、この対立するような2つを同時に解決することが重要だと言います。

そんな21世紀を変えていくために、ドーナツ経済学が与えてくれる重要な示唆を4つ挙げております。

  • 人間の幸福が地球の健康に依存していることを強調する

  • 社会的不足と生態系の過剰が同時に発生していることは、国内・国家間における深い不平等を反映している

  • GDPの成長を優先する政治的姿勢が、再生可能で分配的な政治姿勢となるような経済ビジョンに置き換えられ、人類をドーナツの中に取り込むのに役立つ

  • 今世紀は人類が、人間の幸福と地球の健康の複雑な相互依存をより完全に理解し、認識し始める最初の世紀になる可能性が高い (Raworth, 2017)

このように、「人間の幸福と地球の健康」という2軸の実現のために、それらについて深く理解し、経済ビジョンを変革していこうというシンプルでわかりやすい主張だなあと思いました。

僕ら世代の課題は、人間と地球の相互理解をより促進して、課題解決に効果的な地図を作ることだとも仰っております。より解像度の高い地図の作成と、その地図を使ってどこに向かうのかという政治・経済ビジョン、一丁やりますか。がんばります。

あと、ラワースさんはせっかくドーナツ経済学なのに、ドーナツと掛けて「どの材料を使って、誰に売るのか、グルテンは〜」みたいな冗談みたいなことは一切なく、超真面目に主張を展開されており、ちょっとした寂しさが残りました。仕事人です。

***

ドーナツ経済学に対する批評

そして、速攻で批判してみましょうのコーナーでございます!

批判がなければ成長しないのが学問ですが、ときにはチクっとグサっと来ることもあります。そんな先人たちのチクグサをみて、僕たちも学びましょうでございます。

ショッカートさん(2019)は、当時2歳のドーナツ経済学について、この本のビジョンには全面的に賛成であることを示した上で、以下のように批評しております。

しかし、実装と実践的なガイダンスが明確でないため、実用的なフレームワークというよりはイデオロギー的な貢献となっています。この概念は、必要な制度変更の実証的な根拠と詳細な分析を提供するという点で課題に直面しています。
Schokkaert, (2019)

より具体的な政策やその実証が必要になってくるということですね。

また、本の中で主流派の経済学を批判している部分に対しても、また反論しており、

「主流派」の藁人形を作り上げてそれを潰すよりも、彼女の基本的な見解に賛同する真の「主流派」経済学者との連合を組む方がはるかに合理的だろう。
Schokkaert, (2019)

と、けっこう食らう文章を書かれております。

他にもけっこう直接的に批判コメントを寄せているショッカートさんで、ちょっとヒヤヒヤしながら読んでたんですが、これはすごく弁証法的な意見でめちゃくちゃ参考になるなあと思いました。

僕も異端派の経済学をやっている中で "主流派" 批判というのをよく目にしますし、たまには僕もやりたくなっちゃいます (やってますこいつ)。

しかし、それは風刺画を批判しているようなもので、実際の政策の効果を確かめて、この理論がこう誤っている、こうすべきだと言っているわけではないんですね。

だからこそ、何かラベリングして全面的に批判するみたいなことではなく、丁寧な手続きを踏んで、ときには、いつも目の敵にしている "主流派" であっても、共闘したり、共創したりしたいですねと。

ショッカートさんの批判レビューがかなりおもしろかったのでちょっと脱線しましたが、とにかく、ドーナツ経済学は実証段階にあるよ!ということです。

ドーナツ経済学は次のステップへ!

実際、このレビューから6年も経っているので、2021年にドーナツ指標の140ヶ国に渡る実証研究があったり(Fanning et.al)、

2023年にドーナツ経済学の視点から持続可能なビジネスモデルに関する文献レビューが出ていたり(Hausdorf et.al)、

はたまた、2024年に都市計画に応用するための理論分析と、ウクライナ戦後復興への適応などなど(Taras&Ulanova)、前には進んでいる模様でございます!いいぞ!

まとめ

  • ドーナツ経済学とは、外側をプラネタリーバウンダリー、内側をSDGsでコーティングした、決して甘くないドーナツ

  • 「社会的不足」と「生態学的超過」の問題に同時に立ち向かい、

  • 「人間の幸福」と「地球の健康」の2軸を実現する

  • 社会実装が進んでいった後のレビューが楽しみ

参考文献

  • Fanning, A. L., O’Neill, D. W., Hickel, J., & Roux, N. (2021). The social shortfall and ecological overshoot of nations. Nature Sustainability, 5(1), 26–36. https://doi.org/10.1038/s41893-021-00799-z

  • Hausdorf, M., & Timm, J.-M. (2023). Business research for sustainable development: How does sustainable business model research reflect doughnut economics? Business Strategy and the Environment, 32(6), 3398–3416. https://doi.org/10.1002/bse.3307

  • Raworth, K. (2017). A Doughnut for the Anthropocene: Humanity’s compass in the 21st century. The Lancet Planetary Health, 1(2), e48–e49. https://doi.org/10.1016/S2542-5196(17)30028-1

  • Raworth, K. (n.d.). A Safe and Just Space for Humanity: Can we live within the doughnut? Oxfam. https://books.google.de/books?id=tSikdAjHPf8C

  • Schokkaert, E. (2019). Review of Kate Raworth’s Doughnut Economics. London: Random House, 2017, 373 pp. Erasmus Journal for Philosophy and Economics.

  • Taras Shevchenko National University of Kyiv, Kyiv, Ukraine, & Ulanova, S. (2024). KATE RAWORTH’S MODEL - DOUGHNUT ECONOMY: ESSENCE AND EXAMPLES OF APPLICATION TO INTEGRATED URBAN DEVELOPMENT PLANNING BASED ON SUSTAINABILITY. GEOGRAPHY AND TOURISM, 75, 35–42. https://doi.org/10.17721/2308-135X.2024.75.35-42

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