【脱成長】デクロワッサンスとデグロースがある

2024年4月に、過去15年間の脱成長論レビュー論文が出ておりましたので、それをお供に。
keene 2025.03.15
誰でも

さあやって参りました、みんな大好き脱成長。ほとんど特急呪物です。

日本では2020年の斎藤幸平さんの著書『人新生の「資本論」』で話題となりまして、メディアでも多く取り上げられていましたね。

しかしながら、そもそも脱成長の理解や定義が曖昧なので、建設的な議論が難しいのです。何冊か関連書籍を読むと、「とにかくGDPを減らそう!」という単純な話ではないですし、はたまた斎藤さんの「マルクス主義」から派生したものでもないんですな。

なので今回は、最新2024年の体系的レビューを参考に、全体像を見ておこうの会でございます。

まずは定義を

見ていきましょう、色々な論文を参考にしまして、まとめると、

  • 脱成長とは、公正な方法で「資源とエネルギーの消費量」を計画的に削減し、
    最終的に安定化すること
    [参考:Kallis, G.(2011), Hickel, J.(2020)]

まず、目的がGDPの削減ではないところが面白いところですね。基本的には「資源とエネルギーの消費量の削減」は「GDPの減少」にもつながる訳ですが、本質は「人間の幸福を増やし、環境負荷を減らす」ことなので、問題点に焦点を絞った正確な表現だなあと思います。

じゃあ、「脱成長」なんて誤解される言葉を使わず、「資源少なめ・エネルギー少なめ」って注文しなはれと思いますが、これまた明確な表現なんだと言います (Hickel, 2020)。

というのも、「資源とエネルギーの消費量削減と経済成長を両立できるか」という、いわゆる「デカップリング」の問題がございまして、「両立できる派」はグリーン成長、「両立でけへん派」が脱成長、と分かれているんですね。

そこで、両立できる派と明確に区別するために、「脱」なんていう、ちょっと怖い名前になってる訳です。

しかし、ヒッケルさん(2020)は、いや全然怖くないんやで、と言っております。

脱成長と同じように「脱」がついた「脱植民地化」という言葉を聞いてどう思うでしょうかと。

本来、「植民地化」は約500年もの間、良いことだと捉えられていましたが、現代の私たちは、その一方的な支配が間違っていることを知っていますね。

一見否定的なビジョンに見える「脱」ですが、これは全く肯定的なビジョンであり、「植民地の無い世界」を目指すように、「成長のない世界」を目指すべなのだ

と、今を生きる我々の感覚では「そんなの実現できるの?」という否定的な考えが即座に出てきますが、数百年後の人類からすると当たり前の感覚になるのかもしれませんね。

軽く歴史

  • 1972年「成長の限界」

  • 1970's「デクロワッサンス」の概念がフランスで提唱

  • 1981年「宇宙船地球号の経済学」ボールディング

  • 1986年「定常経済」の概念をデイリーが提唱

  • 2008年 第1回 国際脱成長会議 in パリ(約2年ごとに開催)

  • 2025年6月 国際脱成長会議 in ノルウェー

このレビュー(Engler et al., 2024)を見ますと、やはり「成長の限界」がひとつのキーになっていますね。他にも、レーゲン、シューマッハー、イリイチ、などなど、1970年代という世界経済の大成長期に環境保護を訴えた方々の名前が出てきており、彼らも脱成長の思想に一役買っている訳です。

そして2008年に第1回の脱成長会議があり、30カ国から140人の学者さんが集まったそうです。第5回2016年には600人以上が参加と、かなり成長している模様ですね (Institute for degrowth studies)。

今年2025年の6月にもノルウェー、オスロで開催されると言うことで、ドイツから行けたら行きたいなぁというところですね。せっかくなので行って何か書きたいとも思うので、また今度考えます。

デクロワッサンスとデグロース

そして、脱成長の源流的なものとして、フランスでデクロワッサンス(de ́croissance)という概念が出てきていますね。

アリエルさんら(2010)によると、デクロワッサンスはエコ社会主義の系譜であり、最終的に資本主義の廃止につながるため、「反経済学」とも言われていると。

経済活動の縮小それ自体を目標としている訳ですね。斎藤幸平さんはこれに近いんじゃないかなあと。

対して、その後に出てくるデグロース(degrowth)の方は、「宇宙船地球号」や「定常経済」のエコロジー経済学と密接に関わっております。

「脱成長」は、2008年の国際脱成長会議で明確に科学的概念として確立し、生物物理学的な理解から経済活動の縮小を示していると(Engler et al., 2024)。

なるほど、うちの先生が若干、斎藤先生の本に難色を示していたのはこの辺りなのかなと少し合点がいきました笑。

同じ方向に進んでいるのでみんなで仲良くすればいいですが、脱成長にはエコ社会主義的なデクロワッサンスと、生態学的なデグロースという違いが一応あった訳ですねえ。おもしろい。

脱成長はそれほど急進的ではない

そんでもって、

デクロワッサンスと比べて、脱成長(デグロース)はそれほど急進的ではなく、エコロジー経済学に根ざしている。生態経済学は、例えば政策指標としてのGDPの使用など、経済の主流を批判するが、経済学を放棄するのではなく、具体的な政策提案を展開できる生態経済学理論の体系に追加することによって、学問としての経済学を擁護することを目指している。
Engler et al., 2024

というように、脱成長は、エコロジー経済学的な解決策を提案しているものであり、目標である定常経済の過程に位置するものだということなんですね。

『なぜ、脱成長なのか: 分断・格差・気候変動を乗り越える』という、緑色の本の主著であるカリスさん(2011)も、脱成長は革命ではなく、既存の制度やシステムの改革を目指していると仰っていますが、もはや社会運動的なものではなく、学術的なものになっている訳ですね。

加えて、脱成長がエコロジー経済学に分類されるってはっきり書いてあるのは個人的にびっくりしました 。

今までただの友だちだと思ってたのに、ある日、血の繋がりが判明したあの感じ。ボッスンと椿が実は兄弟だったあの感じ。ちょっと嬉しいようで気恥ずかしいようで。

まとめ

  • 脱成長は、「資源とエネルギーの消費量」の削減のこと (GDPではない)

  • 最終目標はデイリーの「定常経済」

  • エコ社会主義的なデクロワッサンスと、エコロジー経済学的なデグロースがある

  • 2025年も6月にオスロ国際脱成長会議があるよ

次は、脱成長と不景気の違いとか、脱成長の金融政策とかを書いていきます。

参考文献

  • Daly, E. Herman(1996), "Beyond Growth The Economics of Sustainable Development", Beacon Press

  • Engler, J.-O., Kretschmer, M.-F., Rathgens, J., Ament, J. A., Huth, T., & Von Wehrden, H. (2024). 15 years of degrowth research: A systematic review. Ecological Economics, 218, 108101. https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2023.108101

  • Hickel, J. (2020). What does degrowth mean? A few points of clarification. Globalizations18(7), 1105–1111. https://doi.org/10.1080/14747731.2020.1812222

  • Institute for degrowth studies, "6th International degrowth conference", https://degrowth.se/history-of-degrowth-conferences#:~:text=History%20of%20degrowth%20conferences&text=1st%20international%20conference%20in%20Paris,the%20Autonomous%20University%20of%20Barcelona.

  • Kallis, G. (2011). In defence of degrowth. Ecological Economics, 70(5), 873–880. https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2010.12.007

  • Schneider, F., Kallis, G., & Martinez-Alier, J. (2010). Crisis or opportunity? Economic degrowth for social equity and ecological sustainability. Introduction to this special issue. Journal of Cleaner Production, 18(6), 511–518. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2010.01.014

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