ポスト成長時代のAI倫理
ウィーン留学生活も残り1ヶ月。論文やらNGO仕事やらやることはありますが、読書や音楽鑑賞、カフェ巡りなどの時間をガッツリ取って、ゆったりと過ごせる3月にしたいです。
さて、今回はオラセヒンデさんが2025年2月発表した「ポスト成長な世界に向けた倫理的AI」を見ていきましょう。AIの倫理を、公正性やプライバシーといった個別の論点ではなく、「ポスト経済成長」という渋い枠組みから考え直そうという論文です。
AI開発の前提を疑う
GPT回の復習しておくと、現在のAI開発は、技術革新は進歩をもたらし、進歩は経済成長で測られるという世界観を持っています。主流派の経済学のビジョンです。
しかし、ジャクソンさん(2009)やラワースさん(2017)が示してきたように、無限の経済成長は生態学的に持続不可能で、社会的にも腐食的だということが明らかになってきている。プラネタリーバウンダリーで見たように、9指標中6つが超過している状況です。
そこで、この著者は問います。「ポスト成長の世界、つまりGDPの拡大ではなく人間と生態系の繁栄を目指す世界において、AIの役割はどう変わるべきか?」と。いいですね。
充足(Sufficiency)とAI
論文の核となる概念は「充足(Sufficiency)」です。
つまり「足るを知る」の思想を、AI倫理の土台に据えます。効率の最大化や利益の最大化ではなく、人間・機械・生態系の健全な関係を支えるAIを目指そうという訳です。
具体的な倫理指針は以下です。
生態系を傷つけない(Do no ecological harm): 低エネルギー・低資源のAIインフラを優先する
人間スケールの意思決定(Human-scale decision-making): ローカルで重要な文脈での人間の判断を、AIで置き換えない
包摂と尊厳(Inclusion and dignity): 特にグローバルサウスでの不平等の再生産を防ぐ
世代間公平性(Intergenerational equity): 短期利益ではなく、長期的な惑星のレジリエンスを優先
面白い点は、「人間スケールの意思決定」です。他の3つは、生態系と地域間・世代間の平等についてのものであり、「経済だけでなく、環境と社会も大事に!」という文脈でよく語られます。
しかし、この倫理指針では「AIで代替すべきでない領域」を明示し、道具の使用範囲を決定しようとしている訳です。
近年、AI動向は「何ができるか」という効率・成長を求めるものですが、一度その根本の哲学に立ち返って、「何のために存在するか」「誰のためか」から設計することが大事ですね。
実践的な5つの道筋
じゃあ具体的にどうするのか。著者は5つの道筋を提案しています。
AIインフラの再設計: データセンターや学習モデルを低炭素・サーキュラーエコノミー型に。大規模言語モデルは性能だけでなくエコロジカルフットプリントでも評価する。前の記事で見た通り、AIの訓練だけで数十万kgのCO2が出てるわけですから、これは切実。
参加型デザイン: 特に歴史的に周縁化されたコミュニティと共にAIシステムを共創する。
成功の指標を変える: 精度やROIだけでなく、ウェルビーイング指標や生態系再生スコアを導入する。
脱成長に使えるAI: 都市農園の最適化、シェアリングエコノミーの調整、生態系の回復マッピングなど、充足型の用途にAIを振り向ける。
政策・制度改革: 生態系を破壊するAI用途を禁止し、充足型のイノベーションにインセンティブを与える。
やはり、AIの使用範囲を定義し、場合によっては制度的に上限を設けるという思想を強調していますね。逆に使用を推進しているのは「充足志向のAI」です。社会を良くする、生態系を回復するなど、ポジティブな影響を生む活動についてはおっけーだと。
こういうと当たり前に聞こえますが、GDPという指標を絶対視している限りはそれが起こり得ます。そのため、エコロジカル・フットプリントやウェルビーイング指標などの包括的な指標が必要です。
「知性」を再定義する
個人的に1番刺さったのはここです。
著者は、知性(intelligence)の概念そのものを問い直すことを求めています。現在の知性観は「問題解決能力・予測・制御」が主流なんだと言います。心当たりがありますね。
しかし、ポスト成長の倫理は、知性を「文脈への感受性・適応的な謙虚さ・生命システムとの目的の一致」として再定義すると。
これを著者は「再生的知性(Regenerative intelligence)」と呼んでいます。効率的に機能するだけでなく、「癒し、回復し、生命の繁栄を支える」テクノロジー。
知性を自分の私腹を肥やすために使うのではなく、世界を良くする方向に使うのだ、とするこの精神は、僕の母校同志社の哲学とも一致するので、積極的に推していきたい言葉です。
まとめ
充足(Sufficiency)をAI設計の土台に。「足るを知る」AI
AIインフラの環境負荷をちゃんと評価し、低炭素・循環型に転換していく
知性の定義を「制御と効率」から「謙虚さと再生」に。再生的知性という新概念
正直、この論文は理論的な枠組みの提示が中心なので、机上の空論と言われるとそうなります。ただ、AIの倫理を「テック業界の内部問題」ではなく「文明レベルの選択」として位置づけるスケールの大きさはすごく面白かったです。
また、脱成長の事も出てきましたが、「成長を止めること」への批判は様々ある一方で、「技術を何のために使うか」という方向に展開するのは建設的で、多くの共感を得られるんじゃないのかなと思います。ではまた。
参考文献
Olasehinde, T. (2025). Toward Ethical AI in a Post-Growth World. SSRN Electronic Journal.
Jackson, T. (2009). Prosperity Without Growth: Foundations for the Economy of Tomorrow. Earthscan.
Raworth, K. (2017). Doughnut Economics: Seven Ways to Think Like a 21st-Century Economist. Chelsea Green Publishing.
Rockström, J. et al. (2009). A Safe Operating Space for Humanity. Nature, 461(7263), 472–475.
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