生物多様性が崩れたら国の信用も崩れるらしい
さてもう少しで今学期最後のテストです。土壌生態学のテストでして、ミミズには表層型と地中型と垂直型がいて、それぞれが土壌を改善してくれるよーといったことを学んでいます。これが終われば1ヶ月春休みがゲットできるので、がんばります。
さて今回は、フランス開発庁(AFD)が2026年2月に発表したレポート「生物多様性、マクロ経済、ソブリンリスク」を紹介します。つまり、自然が壊れたら国の経済と借金の返済能力も大変なことになる、ということを158ヶ国のデータで分析してくれた力作です。

自然資本は減っている
初めに、このレポートが使う指標から見ていきましょう。
世界銀行の「The Changing Wealth of Nations(CWON)」というものを使っており、国の「富」を、経済指標だけでなく、4種類に分けて測っています。
GDPが「フロー(所得)」のみを測定するのに対し、CWONは 「ストック(資産)」 を可視化しようとする試みなんだそうです。すばら。
生産された資本(Produced capital):機械とか建物とか
人的資本(Human capital):人の知識やスキル
再生不能な自然資本(Nonrenewable natural capital):化石燃料とか鉱物
再生可能な自然資本(Renewable natural capital):農地、森林、漁業、マングローブなど
一言でまとめると、生産資本・人的資本・自然資本の3つで、自然資本は再生可能かどうかによって二分されている訳です。
論文が注目しているのは、地域間の格差です。先進国の富に占める再生可能な自然資本の割合はたった1%。一方で、サブサハラ・アフリカでは28%と試算されています。
つまり、途上国ほど「自然そのもの」が国の富の中核を占めているわけですね。
そして長期トレンドを見ると、1995年から2020年の25年間で、生産資本は47%増、人的資本は8%増と伸びている一方で、再生可能な自然資本は1人あたり22%以上減少しています。
人間が作った資本は増えてるけど、地球が提供してくれてる資本はごりごりと減ってるわけですな。
生態系サービスへの依存が大きい
次に、自然資本の中でも根幹にある「生態系サービス」の数値について見ていきます。
レポートでは、自然依存を可視化できるENCOREデータベースを使って、271の経済活動が生態系サービスにどれだけ依存しているかを分析しています。以下にデータを。
水関連サービス(浄化・供給・流量調節):全271の経済活動のうち約20%が高度に依存
全体的に見ると、経済活動の約半分が、少なくとも1つの生態系サービスに高度に依存
特に依存度が高いのは農業・漁業・林業などの第1次産業
そして、もし生態系サービスが部分的に崩壊したらどうなるかという予測も立てています。ジョンソン氏ら(2021)の推計では、花粉媒介・漁業・森林木材の3つの生態系サービスが崩壊した場合、世界GDPが年間約3兆ドル(世界GDPの2.3%)減少するとのこと。サブサハラの一部の国ではGDPが20%以上の減少になりうるそうです。
物理的リスクと移行リスク
更にレポートでは、生物多様性のリスクを2種類に分けております。これもおもしろい分け方なので知っておきましょう。
物理的リスク(Physical risk)
これはシンプルで、「自然が壊れることで経済が直接ダメージを受けるリスク」です。生態系サービスに依存している経済活動は、自然資本の劣化によって影響をもろに喰らいます。例えば、農業は水の浄化サービスに依存してるので、その水質が悪化したら収量が落ちる、みたいな話です。
移行リスク(Transition risk)
これはより経済に近くて「自然を守るための政策や規制が導入されることで、経済活動が制約を受けるリスク」です。こちらは、生物多様性に影響を与えている経済活動(農業、鉱業、エネルギーなど)が、保全政策の導入によって制約される場面を指します。
気候変動の文脈で「物理的リスク」と「移行リスク」という整理はよく見ますが、それを生物多様性にも適用したのがこのレポートの面白いところです。
途上国ほど生物多様性リスクが高い
さて、そんなリスクの具体例ですが、158ヶ国の分析結果を出しましょう。
先進国はリスク低いように見えるが、隠れた搾取がある。
低所得国(LICs):物理的リスクへの直接的な曝露が最も高い。輸出と税収が特に脆弱
先進国(HICs):直接的な曝露は低い。ただし、それは自国の自然を守っているからではなく、環境フットプリントを海外に「外注」しているから
この先進国による「生態系の外注」の話がめちゃ重要です。アーウィンさんら(2022)の研究によると、先進国の消費が、他の国(主にアフリカ)での種の絶滅リスクの主な要因になっていると確かめられたそうです。
つまり、先進国は直接的なリスクが低く見えるけど、それは途上国の自然資本を食いつぶすことで成り立ってる、といういつもの悲しい構図ですね。
一次産業はリスクが高く、三次産業はリスクが低い
もう1つ、経済構造と生物多様性リスクの相関が見えるというのが重要な発見です。
サービス業のGDP比率が高い国ほど、生物多様性リスクを受けづらい
一次産品(農産物・鉱物・エネルギー)の輸出に依存する国は、特にリスクが高い
逆に言うと、一次産品に依存する経済構造から脱却して、六次産業的に多角化していくことで、生物多様性リスクへのレジリエンスを高めることができるという訳ですね。
生物多様性と国の信用の「ダブル脆弱性」
最後に、タイトル回収です。
このレポートでは、生物多様性リスクへの曝露度が高く、かつソブリン格付け(国の信用度)も低い国を「ダブル脆弱性 (double vulnerability)」の状態にあると定義しています。
そして、生物多様性リスクが高いと国の信用度も低くなるとわかりました。
低所得国の100%が物理的リスクのダブル脆弱性に該当
低中所得国の72%も該当
上位中所得国は48%、高所得国はわずか2%
つまり、自然に依存している低所得国は、自然が壊れたときに対処する能力もない。その生物多様性の劣化は税収を悪化させ、輸出も悪化させ、さらに債務も増えてしまう。その結果として国の信用力が落ちる、というロジックだそうです。
先進国はソブリン格付けが高いので、たとえ環境フットプリントが大きくても、ダブル脆弱性には分類されにくい。構造的な不公正な問題が、この生物多様性の問題にも現れているということです。
まとめ
再生可能な自然資本は1995年から1人あたり22%以上減少。
途上国ほど自然資本への依存度が高く、生物多様性リスクも大きい
先進国のリスクが低く見えるのは、環境フットプリントを途上国に外注してるだけ
経済の多角化(特にサービス業の発展)がリスク軽減の鍵
低所得国の100%がダブル脆弱性(生物多様性リスク高×ソブリン格付け低)
レポートの限界も正直に触れておくと、自然資本の「貨幣的な価値評価」自体が議論の余地ありまして、自然を金額で測ること自体に批判があるのは、僕の学派であるエコロジー経済学ではよく議論されるところです。
レポートでも「自然資本の他の資本による代替可能性は、現実には非常に限定的」と認めていて、自然をお金の尺度で測ることには限界があると。ですがこの辺の説明するなんてすごく誠実で、ちゃんとしてるなーと思いました。参考程度にってことですね。
参考文献
Ehrhart, H. & Vasse, T. (2026). Biodiversity, macroeconomics and sovereign risk. MacroDev, No. 71, Agence Française de Développement.
Johnson, J. A., et al. (2021). The Economic Case for Nature: A Global Earth-Economy Model to Assess Development Policy Pathways. World Bank.
Irwin, A., et al. (2022). International trade drives biodiversity threats in developing nations. Nature, 601, 221–224.
World Economic Forum (2020). Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy.
Dasgupta, P. (2021). The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review. HM Treasury.
Agarwala, M., et al. (2024). Nature loss and sovereign credit ratings. Finance Research Letters, 61.
https://www.worldbank.org/en/publication/the-changing-wealth-of-nations
World Bank (2024). The Changing Wealth of Nations., https://www.worldbank.org/en/publication/the-changing-wealth-of-nations
IPBES (2019). Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services.
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