気温が1℃上がるとコーヒー収穫量が13%減る
ついに日照時間が11時間を超え始め、気温も10℃を超え始め、春に向けて気分が上がり始めました。時間も余裕ができてきたので、今夜はシュテファン大聖堂にパイプオルガンを聴きに行きます。
さて今回は、久しぶりのコーヒーの話です。コーヒーシリーズはこれまでに、1杯のコスト・認証制度・エチオピア農家の脆弱性・ブラジルの収穫量減少と書いてきましたが、今回は、ブラジル・ベトナム・エチオピアという世界のコーヒー生産トップ3カ国を対象に、1993年から2023年の30年間のデータを使って、気候変動がコーヒー収穫量に与える影響について見ていきます。
論文は、スウェーデン農科大学の学士論文「Climate Variability and Coffee Yields」です。いわゆる卒論をジャーナルに載せているという天才論文です。
コーヒーと気候変動
初めに軽く復習しておくと、コーヒーは世界で約1億2500万人の生計を支えるグローバル作物であり、その大部分が熱帯・亜熱帯地域の小規模農家によって栽培されています。
しかし、コーヒーの木というのは非常に気温にうるさい植物です。アラビカ種は18〜21℃、ロブスタ種でも22〜26℃が最適温度とされておりまして、この範囲を超えると収穫量がガクッと下がる。つまり、気温上昇の影響をモロに受ける作物なわけですね。
前回のブラジルの記事では、気候モデルのシミュレーションで21世紀後半にブラジルのコーヒー収穫量が減ると報告されていましたし、エチオピアの記事では低地帯の農家が特に脆弱であることを見てきました。今回は、それを統計的に裏付けてくれた、という論文です。
分析手法:パネル固定効果モデル
さて、手法も面白かったので軽く触れときます。
著者は、パネル固定効果モデル(Panel Fixed Effects Model)という、「国ごとの見えない個性(地理条件とか制度とか)を差し引いて、純粋な気候の変化だけの効果を取り出す」という手法を使っています。
変数は以下の通り:
気温(生産地域の面積で加重平均)
降水量(年間の降水量)
連続乾燥日数(CDD):干ばつの指標。雨が降らない日が何日続いたか
輸出価格(前年の値を使用)
線形タイムトレンド:技術進歩などの長期的変化を吸収
データは90観測値(3カ国×30年)です。経済学的な視点からすれば、ちょっと少なくも思えますが、長期パネルとしてはまぁまぁいい感じです。
結局、気温が重要
さあ、結果を見ていきましょう。
気温1℃上昇 → 収穫量約13%減
最も重要な結果はこれです。気温が平均から1℃上がると、コーヒー収穫量が約13%減少する。統計的に有意で、しかもどのモデル仕様でも頑健な結果です。
この13%がどれだけ大きいインパクトかと言いますと、仮にブラジルのコーヒー生産量が年間約6000万袋(60kgバッグ)だとすると、1℃上昇で780万袋が消える計算です。日本の年間コーヒー消費量が約750万袋ですから、日本が1年間で飲む量がまるっと吹き飛ぶイメージです。
気温上昇による好影響もある
本研究の仮説では「気温が上がるほど被害が加速する」はずだったのですが、実際には、凸じゃなくて凹型の関係が出ていることが示されました。
つまり、平均気温から+0.49℃あたりが最低点で、それを超えるとむしろ収穫量が回復する、という不思議な結果となっている訳です。
ただし、これは国ごとの違いが混ざっていたり、年平均気温という粗い指標を使っていたりする影響かもしれない、と著者も慎重に述べています。データ量の少なさがここで効いてきてしまっているかもということですね。
降水量と干ばつは、統計的に有意ではない
一方、年間降水量と連続乾燥日数に関しては、どちらも統計的に有意な効果が出ませんでした。
これは少し意外ですが、年間の合計降水量よりも「いつ雨が降るか」が大事だということです。つまり、一番水が必要な開花期にタイミングよく雨が降ることが重要なんだろうと。
年間降水量のデータだと、季節ごとの変動が見えなくなってしまうわけですね。
3カ国の個性が面白い
さらに面白いのは、国別の分析です。同じコーヒー生産国でも、まるで性格が違います。
ブラジル:「技術力で乗り切る国」
気温も降水量も統計的に有意ではない。でもタイムトレンドが強烈に有意で、Within R²は0.92。
つまり、ブラジルのコーヒー収穫量は、気候よりも技術進歩と大規模機械化で説明できるということです。気候変動の影響を比較的受けづらいと言い換えることもできます。
エチオピア:「説明しづらい国」
気候変数も価格も有意ではなく、タイムトレンドもマイナス(有意ではないけど)。Within R²は0.23と低い。
つまり、モデルで説明できる部分が少なく、構造的な課題(小規模農家中心、インフラ不足、制度の脆弱性)がのしかかっているということです。
前回のエチオピア記事で見た、低地帯農家の脆弱性と完全に一致しますね。
ベトナム:「価格に反応する国」
唯一、前年の輸出価格が統計的に有意。「価格が上がれば投資が増えて収穫量も上がる」という、市場メカニズムが効いている国です。タイムトレンドも有意で、1990年代以降のベトナムコーヒー産業の急成長が反映されています。
つまり、ブラジルは技術で、ベトナムは価格で、エチオピアはどちらも不十分、という構図が浮かび上がります。
コーヒーの聖地エチオピアが、技術や価格を上げても収量が上がらない可能性があるというのはなんとも悲しい話です。
耐熱品種導入と小規模農家支援
最後に、著者の政策提言をダダダっとまとめます:
耐熱品種の開発と普及:World Coffee Research(WCR)の「Innovea」というグローバル育種ネットワークが、ベトナムのWASIやエチオピアのJARCと協力して進めている
アグロフォレストリーとシェードグロウン:木陰を作ることで気温上昇の影響を緩和する。エチオピアの中地帯で成功していた手法です
小規模農家への融資・技術支援:特にエチオピアのような適応能力が低い国では、金融アクセスと農業指導(Extension Service)の強化が必要
輸入国も当事者意識を:気候変動でコーヒー供給が不安定になれば、EUなど輸入国にも直撃する。長期的なサプライチェーンへの投資が必要
前回の気候変動と農業の35年間レビューでも「気候適応型農業(CAAPs)」の重要性が語られていましたが、コーヒーにおいてもまさに同じ話ですね。アグロエコロジー、アグロフォレストリーなど、コーヒー栽培を通じて生態系を回復させる手法がめちゃ重要です。
まとめ
気温1℃上昇で、コーヒー収穫量が約13%減少
ブラジルは技術力、ベトナムは価格メカニズム、エチオピアは構造的課題
耐熱品種・アグロフォレストリー・小規模農家支援が3本柱
輸入国もサプライチェーンの安定のために当事者意識を持つべし
参考文献
Noreen, L. (2026). Climate Variability and Coffee Yields: A Panel Data Analysis of Brazil, Vietnam, and Ethiopia. Bachelor thesis, Swedish University of Agricultural Sciences (SLU), Department of Economics.
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