低地帯のコーヒーは、気候変動に特に脆弱
こちらは本格的に3学期が始まりました。いま留学している大学はなぜか試験日が固定ではなく、12月や1月にバラけています。単位数によって必要な時間や日数が違うし、評価方法もけっこう授業内の発言や宿題などがあって、ドイツの100%期末テストみたいなのとはまた全然違います。
さて、今回は気候変動によるコーヒー農家への影響を見ていきます。コーヒー編は、コーヒー1杯の真のコスト・認証制度・政策・カフェと、かれこれ4つやってきました。2050年にコーヒーの生産量が半分になってしまう問題なんかもよく囁かれてますので、第5弾は「気候変動がコーヒー農家に与える影響」という観点で読んでいきましょう。
論文は、「エチオピア、カファ生物圏保存地域におけるコーヒー農家の気候変動に対する脆弱性」です。この研究は、エチオピア南西部の「カファ地方」で、標高の異なる3つの地域(低地、中地、高地)で暮らす398世帯のコーヒー農家を調査してくれました。
彼らが気候変動に対してどれほど「脆弱(vulnerable)」であるかを「生計脆弱性指数(LVI)」という、この論文独自のモノサシで数値化してくれております。
脆弱性とは何か?3つの「弱点」
研究は「脆弱性」を3つの要素に分解しております。この区分けは、IPCC (国連の気候変動に関する政府間パネル) が用いている、世界標準のフレームワークです。
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暴露(Exposure):「どれくらい危険に晒されているか?」
- 干ばつや洪水、気温上昇など、気候変動による直接的な脅威に、どれだけ頻繁に見舞われているかを示す。 -
感度(Sensitivity):「どれくらい打たれ弱いか?」
- 気候の脅威に対して、その地域の農業や生態系がどれだけ影響を受けやすいかを示す。例えば、雨水だけに頼る農業は、干ばつに対する「感度」が高いと言える。 -
適応能力(Adaptive Capacity):「どれくらい立ち直る力があるか?」
- 気候変動の悪影響に対応し、そこから回復するための能力。富、技術、インフラ、コミュニティといった、社会的・経済的な力が測られる。
「脆弱性」は、これら3つの要素の組み合わせによって決まります。つまり「暴露」と「感度」が高く、「適応能力」が低いほど、その地域は脆弱である、という訳です。
研究チームは、この3つの基準を用いて、標高の異なる3つの地域(低地、中地、高地)で暮らす農家たちの脆弱性を分析しました。
3つの地域の脆弱性評価
下の図は、この研究の要旨を1枚の絵で表したものです。左下に、3つの地域の脆弱性をスコア化し、比較したマトリックスがあります。(スコアが高いほど脆弱性が高い)
Amsalu et al. (2025) , Graphical Abstract
軽くまとめると以下のスコアになります。
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低地(Lowland): 脆弱性スコア +0.196 (最も脆弱)
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高地(Highland): 脆弱性スコア -0.045 (そこそこ脆弱)
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中地(Midland): 脆弱性スコア -0.084 (最も脆弱でない)
つまり、低地は脆弱で、その次に高地、そして中地に関しては比較的レジリエンスがあるという結果が出ています。なぜこの違いが出ているのか、個別に見ていきましょう。
低地帯(標高1,500m未満)
低地帯の農家は、気候変動の影響を最も受けやすいです。その理由を、先程の3つの脆弱性の評価軸で考えると以下のように、三重苦です。
「暴露」高い
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干ばつと洪水が頻繁:過去10年で平均3.9回の異常気象を経験している。これは高地帯(2.1回)と比べて約2倍。
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急激な気温上昇:気温の上昇幅が最も大きく、コーヒー栽培の適温を超えつつある。
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不安定な降雨:雨季の短縮と、降雨の極端化(降らない時は全く降らず、降る時は土砂降り)が深刻。
「感度」高い
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荒廃した生態系:81%の農家が「生態系が貧しい」と感じている。森林伐採による土壌流出や水源の枯渇が深刻。
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不安定な収穫:収穫量の変動が激しく、生活は常に不安定。病害虫の発生も増加している。
「適応能力」低い
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貧困:月収は平均2,500ブル(約7,000円)で、中地帯(5,500ブル)の半分以下。貯蓄や融資へのアクセスも31%と、極めて低い水準。
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インフラの欠如:最寄りの市場までの距離が遠く、道路状況も悪い。医療や教育へのアクセスも35%と、著しく低い水準。
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社会的な孤立:コミュニティ内の協力関係や、外部からの支援ネットワークも、他の地域に比べて脆弱。
つまり、高いリスクに晒され(暴露)、打たれ弱く(感度)、そして立ち直る力もない(適応能力)という訳です。特に気候変動の影響を感じるのは、「コーヒー栽培の適温を超えつつある」「生態系が貧しい」「害虫の発生の増加」など、このあたりでしょう。低地帯だと温度も上がりやすいため、影響を受けやすいということが示された訳ですね。
中地帯(標高1,500m~2,300m)
次に中地帯ですが、こちらはレジリエンスが強いということが判明しました。標高が一番高いところではなく、中地帯が気候変動の影響を1番受けていないのはなぜなのでしょうか。特に3つ目の「適応能力」に注目です。
「暴露」と「感度」低い
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気候は比較的穏やかで、異常気象の頻度も少ない。伝統的なアグロフォレストリーが根付いており、豊かな生態系が保たれている。この農法では、樹木がコーヒーの木に日陰を提供し、また、土壌の湿度と肥沃度を保つことで、気温上昇の悪影響を和らげている。
「適応能力」極めて高い
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経済的な豊かさ:月収は最も高く、87%の農家が貯蓄や融資にアクセスできる。経済的な余裕によって、気候変動への備えにも手が回る。
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進んだインフラ:市場へのアクセスが良く、道路も整備されている。医療・教育へのアクセスも65%と高い水準。
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強力なテクノロジーとコミュニティ:84%が改良品種のコーヒーを導入し、71%が携帯電話を農業情報の入手のために活用している。コミュニティ内の協力体制も強固で、災害時には85%の農家が支援を受けられると回答している。
気候が安定していることに加えて、アグロフォレストリーが功を奏しているという訳です。悪影響を受けづらいため、経済的にも安定しており、社会関係資本や技術への投資も可能になるという、良い循環が生まれていますね。やはり農業分野では、気候変動への適応策が鍵になってきます。
高地帯(標高2,300m以上)
高地帯の脆弱性は2番目に位置します。温度上昇の影響は受けづらそうなのに、なぜ中地帯よりもスコアが良くないのでしょうか。
「暴露」低い
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気温上昇の恩恵?:地球温暖化が進む中で、これまで寒すぎた高地帯が、新たなコーヒー栽培適地になる可能性がある。
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安定した気候:異常気象の頻度は3つの地域の中で最も少なく(過去10年で2.1回)、降雨量の減少を実感している農家も40%と、低地帯(68%)に比べて大幅に少ない。
中程度の「感度」
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霜害のリスク:標高が高いがゆえに、霜による被害のリスクがある。一度の霜害でも、一年間の収穫が台無しになることもある。
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限られた作物:気温が低いため、コーヒー以外の作物の選択肢が限られる。選択肢は、大麦やジャガイモ、豆類といった、寒さに強い作物。
「適応能力」中程度
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高い灌漑率:灌漑設備の導入率が72%と、3つの地域の中で突出して高い。農家たちは、山岳地帯の豊富な水源を活かしている。降雨に頼らずに水を安定的に管理することができる。
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高い教育水準:営農指導へのアクセス率も55%と高く、新しい知識や技術を学ぼうとする意欲が見られる。
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経済的な貧困:しかし、月収は平均2,300ブル(約6,400円)と、低地帯よりもさらに低い水準。これは、後述するインフラの脆弱性により、作物を素早く市場で高く売ることができないから。
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インフラの孤立:最寄りの市場までの平均距離は4.6kmと最も遠く、道路状況も悪いため、作物の輸送コストが高くつく。また、信頼できる交通手段があると答えた農家は、わずか12%で、中地帯(72%)や低地帯(43%)と比べて極端に低い数字。
高地帯は、温暖化によって、コーヒー栽培に限った面では、ポジティブな影響を受けていると言えます。しかし、そのアクセスの悪さが一番のネックとなり、経済状況は不安定だということです。
コーヒーを救う、3つの解決策
さて、解決策パートです。この論文は、小規模農家を救うために、3つのアクションを具体例付きで提示してくれています。ザザっと見ていきましょう。
「低地帯」を集中的に救う
まず、最も脆弱な低地帯の農家を救うことが最優先事項です。単なる資金援助ではなく、気候変動に適応するための以下のような具体的な方法や技術が必要です。
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クライメート・スマート農業の導入:干ばつや病害虫に強いコーヒー品種の提供、効率的な水利用を可能にする灌漑技術の普及、そして、中地帯で成功しているアグロフォレストリーの知恵を伝えること。
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生態系の再生:植林活動や流域管理を通じて、失われた森林と水源を回復させる。
「適応能力」の底上げ
脆弱性の格差を埋めるためには、今回挙げた全ての地域で「適応能力」を高める必要があります。
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インフラ整備:道路、市場、電力、水、学校、病院といった、基本的な生活の土台を築くこと。
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金融アクセス:マイクロファイナンスや協同組合を通じて、誰もが必要な時にお金を借りられる仕組みを作ること。
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早期警戒システムの構築:スマートフォンやラジオを通じて、干ばつや洪水の予報を、農家がタイムリーに受け取れるようにすること。
生計の「多様化」支援
コーヒーだけを栽培する農業は、生態系としても、経営としても脆弱です。
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養蜂、他の換金作物、農業以外の小さなビジネスなど、収入源を複数持つことを支援する。一つのカゴに全ての卵を盛らない、経営戦略を推進すること。
ということで、特に低地帯を保護し、すべての場所でインフラを整え、経営のリスクを分散させる、が解決策です。これは政府の力がかなり必要になりそうですが、エチオピア政府にどれくらいの力があるのか疑問は残りますね。しかし、「生計の多様化」については、『スペシャルティコーヒーの経済学』の中で1番熱を持って語られていた解決策なので、こちらは本当に重要なんだなあと改めて感じました。
まとめ
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低地帯は、最も脆弱。異常気象の発生が増加し、生態系が悪化し、収入も低い。
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中地帯は、最も脆弱でない。アグロフォレストリーが強く、収入も高く、インフラも強い。
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高地帯は、そこそこ脆弱。気温上昇で収量アップ、霜害あり、インフラが弱い。
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低地帯を守り、インフラを整備し、生計を多様化するべし
参考文献
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Amsalu, A., Garedew, W., Melka, G. A., Tariq, A., & Gemeda, D. O. (2025). Coffee Farming Households Vulnerability to Climate Variability in the Kafa Biosphere Reserve, Ethiopia. Earth Systems and Environment, 1-21.
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