コーヒーショップのサステナビリティ
9月も2週目、ドイツは最低気温9℃です。朝が寒いです。
さて、コーヒー編は、「コーヒーの本当のコスト」「コーヒーの認証制度」「ルワンダのコーヒー政策」に続いて第4弾「カフェのサステナビリティ」です。
僕は京都に4年間住んでいたので、「Bibliotic Hello!」「ELEPHANT FACTORY COFFEE」「喫茶上ル」などなど、おしゃれカフェ三昧なカフェ生活を送りましたが、その裏側で、原材料費の高騰や不安定な供給、サステナビリティ配慮などなど、消費者には見えづらい厳しい現実があります。
そこで、2025年7月末に出た「コーヒーショップにおけるサステナビリティ:3層ビジネスモデルキャンバス・アプローチ」という論文が、「トリプルレイヤード・ビジネスモデルキャンバス(TLBMC)」という概念でもって、これからのカフェのサステナビリティ経営について、ヒントを提示してくれています。
この研究は、インドネシアのカフェ激戦区として知られるバンドンで、サステナビリティに取り組むカフェの成功事例を分析してくれました。そこから、小さなカフェでも「経済」「環境」「社会」の3つの価値を同時に実現し、ビジネスのレジリエンス(回復力)を高めるための、具体的な戦略を導き出してくれました。
「トリプルレイヤード」の戦略
ここでは「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」という概念が重要になります。これは、ビジネスの構造を9つの要素(顧客、価値提案、チャネルなど)で整理し、一枚の図に可視化するための思考ツールです。
従来のビジネスモデルキャンバスでは、「経済的な価値(儲け)」にしか焦点が当たっておらず、「環境」や「社会」への影響という、現代のビジネスに不可欠な視点が足りていませんでした。
そこで登場したのが、「トリプルレイヤード・ビジネスモデルキャンバス(TLBMC)」です。これは、「経済」のキャンバスに加えて、「環境」のキャンバスと「社会」のキャンバスを重ねた、3層構造のモデルという訳です。
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経済レイヤー(利益の追求):どうお金を稼ぎ、いかにビジネスを継続させるか。
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環境レイヤー(地球への配慮):ライフサイクル全体で、いかに環境負荷を減らすか。
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社会レイヤー(人とのつながり):従業員、顧客、生産者など、全てのステークホルダーをいかに幸せにするか。
TLBMCの神髄は、この3つのレイヤーを別々に考えるのではなく、同時に考えることです。そうすることで、新しいシナジーを生み出すことができます。
それでは、具体的にレイヤーを深堀っていきましょう。
【経済レイヤー】単なるカフェを超えたカフェ
バンドンの地で上手くいっているカフェは、ただ「コーヒーを売る」という戦略を飛び出し、手作りの地元のお菓子や、オリジナルグッズの販売を始めていました。
コーヒー以外の「プラスアルファの価値」を提供することで、収益を生むポイントを増やしているわけです。例えば、以下のような戦略です。
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提供価値の進化
カフェとして提供しているのは「コーヒー」だけでなく、「居心地の良い空間」「無料Wi-Fi」「地域とのつながり」などです。複合的な価値を提供することによって、ターゲット顧客も、コーヒー好きから、学生、リモートワーカー、地域住民へと広がり、経済的な安定に近づけます。 -
収益源の多様化
コーヒーの売上だけに依存していてはリスクが一点集中してしまうので、地元のアーティストとコラボしたオリジナルグッズ販売、近隣のパン屋さんの特製スイーツ販売、コーヒー教室の開催など、収益の源を多様に持っています。これによって売上が安定し、経営のレジリエンス(回復力)が高まる訳です。 -
地域のパートナーとの連携
さらに、地域の生産者やクリエイターと連携することも、価値の多様化に繋がります。サステナブルな農家から豆を仕入れ、地元の職人にお菓子を作ってもらう等の「ネットワーク」が、他には真似できない、独自の価値を作り出してくれます。
一言でいうと、経済レイヤーの鍵は「コーヒー」という商品を核に置きつつ、地域のリソースを巻き込み、多様な価値と収益源を創造することです。
【環境レイヤー】:環境配慮を「価値」に変える
次に、環境レイヤーです。これは、コーヒー豆が生産されてから、カップが捨てられるまでの「ライフサイクル」を通して、いかに環境負荷を減らすかという視点です。サステナブルなカフェは、このプロセス全体をしっかりとデザインしております。
以下に、それぞれのライフサイクルで行われている例を挙げます。
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生産
最も効果的なのは、地元(インドネシア)の農家から豆を仕入れる「ローカルソーシング」です。これによって、南米やアフリカからの長距離輸送にかかる莫大なCO2排出量を削減できます。 -
資材調達
使い捨てカップの素材を、プラスチックから生分解性のものや、リサイクル可能な素材へ転換します。 -
使用
店内の照明をLEDに切り替えたり、省エネ性能の高い空調設備を導入したりして、日々のエネルギー消費を抑えます。また、リユーザブルカップを持参した顧客への割引などを通じて、消費者の行動変容を促します。 -
廃棄
毎日大量に出るコーヒーかすを、ゴミとして捨てるのではなく、地域の農家に堆肥として提供したり、リサイクル業者と連携したりして、廃棄物を資源に変えます。
環境レイヤーの取り組みは、サプライチェーン全体において無駄をなくし、資源を循環させるというスマートな経営活動です。そしてこれらの取り組みは、「環境に配慮しているお店」としてポジティブな評判を呼び、結果的に経済的な利益にも繋がります。
【社会レイヤー】:コミュニティハブという価値
最後に、社会レイヤーです。これは、カフェが関わる全てのステークホルダーの幸福度をいかに高めるか、という視点です。成功しているカフェは、地域の「コミュニティハブ」としての役割を担っていることがわかりました。
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顧客に対して
無料Wi-Fiや快適な座席を提供することで、人々が交流したり、学んだり、働けたりできる「サードプレイス」としての価値を生み出します。これによって、顧客のロイヤリティが高まり、安定した経営につながります。 -
従業員に対して
公正な賃金を支払い、働きがいのある職場環境を整えます。丁寧な接客やサステナビリティに関する知識を共有することで、スタッフ自身の成長も支援します。 -
地域社会に対して
アート展示や音楽ライブ等、地域のイベントの際に場所を提供したり、地元のNPOと連携してチャリティ活動を行ったりします。これによってそのカフェは、地域住民にとって不可欠な存在になります。 -
生産者(サプライチェーン)に対して
農家を直接訪問した様子をSNSで発信するなど、生産者の顔が見える「透明性のある」関係を築きます。これは、顧客の共感と信頼を呼び起こし、ストーリーという強力なブランド価値を生み出します。
社会レイヤーの成功の鍵は、「オープン・透明・包摂的」とまとめられます。ビジネスの利益を自社だけで独占するのではなく、関わる全ての人たちと分け合う姿勢が、社会的にも持続可能なビジネスとなる訳ですね。
特に、農家さんの様子をSNSを通じて発信して「顔の見える関係」になれることは、現代の長いサプライチェーンの向こう側を意識することができますよね。技術の使い方として美しいなと思う次第です。
まとめ
バンドンのコーヒーショップから学べることは、大企業が掲げるCSRやサステナビリティとはまた違った意味合いがあるということです。
それは、環境保全事業をしたり、働き方改革と銘打ったりするような高尚なことではなく、小さなカフェが、限られた資源の中で競争を生き抜くための「包括的な経営戦略」だということです。
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経済的には、収益を多様化し、地域経済に根ざすことで、価格競争から脱却する
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環境的には、地産地消や廃棄物削減が、コスト削減とブランド価値向上につながる。
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社会的には、コミュニティのハブとなり、透明性を高めることで、競争優位性を築く。
こう見ると、経済的に安定した企業だから環境的・社会的取り組みができるということではなく、3つを同時に取り組むことでシナジーが生まれているということがわかりますね。
もちろん、この研究でも、資金や時間、知識の不足が課題であると指摘されており、小さなカフェが完璧に実践するというのはハードルが高いことかと思います。
しかし、やはり重要なのは三位一体で同時に取り組むことです。利益と地球と人間の幸福を同時に考えて、実践していくことが、ただの「おしゃれなカフェ」にとどまらない価値を生んでくれるはずです。
参考文献
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Rasyd, M. R. A., Mulyadi, H., Utama, D. H., Furqon, C., & Twum, S. (2025). Sustainability in Coffee Shops: A Triple-Layered Business Model Canvas Approach. International Journal of Entrepreneurship and Sustainability Studies, 5(1).
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