「空飛ぶサッカー」の環境負荷は高い
10日経ってウィーンの生活にも慣れてきて、いつものルーティンが戻ってきました。文章を書いたり自分の研究を進めたり、資料を作ったりと、がんばります。窓から見える木の葉っぱの大半も黄色になってきて、秋冬を感じさせます。
さあ、2026年ワールドカップも気づいたらすぐそこにやってきておりますね。北米で開催ということで、僕もぜひとも現地に行きたいなと思っているそんな中、「空飛ぶサッカー」という問題が出てきております。これは、多くのサッカー選手やスタッフ、サポーターを乗せた飛行機が、毎日、世界中の空を飛び交っていることを指します。
2025年10月に発表された論文「気候危機下のサッカー:ノルウェー代表チームにおける航空移動削減の探求」では、この問題にメスを入れ、サッカー界がいかに「飛行機」に依存しているか、そしてその解決策はあるのかを解き明かしてくれています。
ノルウェー代表の「カーボンフットプリント」
はじめに、「空飛ぶサッカー」の環境負荷を見ていきましょう。ノルウェーサッカー協会(NFF)の2023年の報告によると、
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協会の活動全体のCO2排出量のうち、89%が「移動」によるもの。
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そのうち、48%が航空移動によるもの。
つまり、協会のカーボンフットプリントのほぼ半分は、飛行機を飛ばすことによって生み出されています。
さらに詳しく、2024年の代表チームの活動を分析してみると、
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年間の総CO2排出量は、1170トン。
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1試合あたりの平均排出量は、約53トン。
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代表選手1人あたりの年間排出量は、24トン。
2023年の世界の一人当たり平均CO2排出量は、約4.7トンです。そう考えると「代表選手一人あたり24トン」という数字はなかなかインパクトがありますね。
つまり、ノルウェー代表の選手は、一般人の5倍以上ものCO2を、移動だけで排出している訳です。
なぜ、選手には飛行機が必要なのか?
次に、サッカー界がなぜそんなにも飛行機に依存しているのかを見ていきましょう。論文は、関係者へのインタビューを通して、その構造を明らかにしています。
「試合の直前までクラブでプレーし、すぐに代表チームに合流しなければならない。代表の試合が終われば、すぐにクラブに戻る。飛行機以外の選択肢を考える時間など、物理的に存在しない」多くの選手やスタッフが、このように言うそうです。
近年のサッカー界は、UEFAネーションズリーグのような新しい大会が次々と生まれ、試合数は増加し続けております。選手たちは、クラブと代表チームの試合をこなすために、年間を通じて世界中を飛び回ります。この過密日程によって、「移動=飛行機」が当たり前になっているという訳です。
また、選手の健康の視点も重要です。ある関係者曰く「選手たちのウェルビーイング(心身の健康)が最優先。最高のパフォーマンスを発揮するためには、移動時間を最小限に抑え、十分な休息を確保する必要がある」と、より良いパフォーマンスのためにも、以下のような、質の良い移動が必須になってくると言います。
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ビジネスクラスの利用:エコノミークラスの狭い座席では、長身のアスリートは十分に体を休めることができない。「選手たちが最高の休息を得られるように」という理由で、ビジネスクラスが利用される。
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チャーター便の利用:商業便では、乗り継ぎによる時間のロスや、手荷物紛失のリスクがある。「選手たちをスムーズに目的地に送り届けるため」に、チーム専用のチャーター便が使われる。
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プライベートジェットの利用:スター選手になれば、プライバシーと安全を守るために、プライベートジェットを利用することも「必要」になる。
すべて正当な理由があってこその飛行機の利用であることは間違いなさそうです。選手、ひいては国のために、より快適で、速く、そしてCO2排出量の多い移動手段が「必要経費」となっております。
FIFAやUEFAは、放映権料やスポンサー料を最大化するために、多くの国が参加する大規模なトーナメントを開催しようとします。開催地も、日・韓や南アフリカ・カタール、そして2026年は北米3カ国と、国をまたいで拡大してきております。
このグローバル化の流れが、結果として総移動距離を爆発的に増大させていると指摘されます。論文では、これを「リバウンド効果」の典型例としています。航空機の燃費効率が年1%程度改善されていても、航空移動の需要が年7%も増加しているため、総排出量が減ることはありません。
未来のサッカーのための「ASIフレームワーク」
悲しくなってきたところで、論文が示す解決策を見ていきましょう。「ASIフレームワーク」というのが提案されています。これは、交通問題の解決策を考えるための、国際的に認められたアプローチです。
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A (Avoid - 回避する):移動そのものを、無くす。
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S (Shift - 転換する):環境負荷の高い移動手段から、低い手段へ切り替える。
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I (Improve - 改善する):移動手段そのものの効率を上げる。
「A→S→I」の優先順位で考えることが重要です。考え方は3Rの移動版といった感じですね。
このフレームワークをサッカー界に当てはめてみると、以下のようになります。
A (Avoid - 回避する)
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大会方式の集中化:現在のようにホーム&アウェイで各国を飛び回るのではなく、予選ラウンドを特定の地域に集中開催する。例えば、「ネーションズリーグの決勝トーナメントは、全試合スペインのビルバオで開催する」といった形。これにより、チーム間の移動は劇的に削減される。
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デジタル技術の徹底活用:ワールドカップの組み合わせ抽選会や、監督・スタッフ間のミーティング。これらのために、世界中から関係者が一堂に会するのを無くし、オンライン会議を基本とすることで、多くの出張をなくすことができる。
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選手のダイレクト移動:現在、多くの選手は、海外の所属クラブから一度ノルウェーのオスロに集合し、そこから再び試合開催国へと飛んでいる。これをやめて、所属クラブから直接、試合開催国へ移動する。これだけでも、無駄な移動をなくせるし、選手の負担も減らせる。
開催地を集中させるというのは選手の負担も減らせていいアイデアですね。一方で、ホーム開催というエンタメ要素が減ったり、サポーターの移動が増えたりと、懸念すべきことはあるのかなと思います。
S (Shift - 転換する)
どうしても移動が必要な場合、次の選択肢は「転換」です。
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「6時間ルール」の見直し:多くのチームには、「移動時間が6時間を超える場合は飛行機」という暗黙のルールがある。インタビューでは「バスで6時間移動するより、飛行機で1時間の方が良いに決まっている」という声も。選手のコンディションを本当に考えるなら、むしろゆったりと休息できる夜行列車の方が、メリットが大きい場合もあるかもしれない。
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インフラが整った国での大会開催:2024年のEUROがドイツで、2025年の女子EUROがスイスで開催されたのは、良い前例。これらの国では、高速鉄道網が発達しており、チームもファンも、飛行機を使わずに都市間を移動することが可能。大会開催地選定において、こうした陸上交通インフラの有無を、重要な評価基準に加えるべき。
感覚的に、夜行列車より飛行機のほうが疲労感は無さそうなので、夜行列車の提案はちょっと謎ですが、ゆったりできるタイプの列車の移動ならそんなに苦にならないかもしれませんね。飛行機は音がうるさいですし。
大会開催地選定における評価基準で「カーボンフットプリント」が入ってくると、よりグリーンな移動ができる都市にしようというインセンティブも生まれるので、これは大賛成。
I (Improve - 改善する)
どうしても飛行機を使わなければならない場合でも、できることはあります。
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チャーター便の共同利用:試合後、対戦した両チームが、同じチャーター便で帰路につく。現在の「勝者と敗者が同じ飛行機に乗るなどありえない」という文化を変えれば、空席だらけの飛行機を半分に減らすことができる。
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プライベートジェットの規制:極めて排出量の多いプライベートジェットの利用を、大会規則で制限する。
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持続可能な航空燃料(SAF)の利用:まだ高価だが、廃油などを原料とするSAFの利用を、航空会社やスポンサーと連携して推進する。
対戦後に同じ飛行機で帰るということが決まっていれば、フェアプレーが増える気もせんでもないですね。また、SAFの利用や、気候団体への寄付など、飛行機を使う際にできることはあるはずなので、ぜひともすぐに導入してもらいたいです。
まとめ
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ノルウェーサッカー協会のCO2排出量のうち、89%が「移動」によるもので、48%が航空移動
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代表選手1人あたりの年間排出量は、24トン(世界平均は4.7トン)。
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所属クラブや代表戦の過密スケジュールと選手の健康のために「必要」
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ASIフレームワークで「回避・転換・改善」をしよう
参考文献
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Koch, M., Guillén-Royo, M., Dæhlin, E., Utgård, J., & Aamaas, B. (2025). Football in the climate emergency: exploring air travel reduction in the Norwegian senior national football teams. Cogent Social Sciences, 11(1), 2566977.
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