カーボンファイナンスの最適化
ついに修士課程最後の授業が終わりました。まだプレゼンとレポートが残っているのであと2週間がんばりますが、とにかくめでたいです。授業内容にはあまりついて行けてないですが、ここからの自習で取り返す所存です。
さて、今回は、近年「環境経済学」的に盛り上がっている「カーボンファイナンス」についてのお話です。論文は2026年4月に発表された、「サステナブルサプライチェーンのカーボンファイナンス:システマティックレビューからの洞察」という、熱いレビュー論文です。
平たく言うと、「世界の有名企業たちはサステナブルなサプライチェーンを作るために、カーボンファイナンス(炭素金融)というお金の仕組みをどう使っているのか? 2011年から2024年に出版されたトップジャーナルの優秀な論文47本をダダダっと一気にまとめてみたで」という現在地を示す総集編のような研究です。
カーボンファイナンスの基本
過去記事の「環境経済学環境税の基本を軽く抑えよう」でも語っている通り、脱炭素の基本戦略は「自社の工場の煙突から出る煙をどう減らすか」という話です。
しかし、近年の動向においてとても重要なのは、「Scope3の排出量削減」です。
こちらをサクッと復習しておきましょう。企業の温室効果ガス排出量には3つのカテゴリーがあります。自社でガスや油を直接ガンガン燃やした「Scope 1(直接排出)」、電力会社から買った電気による「Scope 2(間接排出)」、そして仕入先での原料生産から消費者が使い終わって捨てるまでのプロセスを全部ひっくるめた「Scope 3(その他の間接排出)」です。
実は、世界の炭素排出量の大部分はこの「Scope 3」から出ています。なので、自社の削減だけでなく、サプライチェーン全体を巻き込まないと、その効果は限定的なんですね。
そこで登場するのが、「カーボンファイナンス(炭素金融)」です。これは、炭素を出すと多額のペナルティがかかり、逆に減らすと市場でお金が儲かるというルールのことです。
この根底には「カーボンプライシング」という概念があり、排出枠を企業間で売り買いする「排出量取引」や、排出したトン数に応じて税金を取る「炭素税」などが含まれます。
「これまで価格がなかった炭素に価格をつけて市場を作り出すことで、最適化しよう」というなんとも経済学らしい取り組みですね。
サプライチェーン排出の落とし穴
とはいえ、言うは易し、というやつです。世界中のサプライチェーンは、それぞれが超複雑に絡み合っており、その捕捉も大変むずかしいです。
石炭サプライチェーンにおける排出量の75% は、末端での「使用」で発生している(Wang, He, et al., 2021)。
インドなどでは、製造サプライチェーンの大部分が非公式のセクターに依存しているため、炭素排出の追跡をすることができない。(Mitoma, 2023)。
つまり、石炭に関しては、供給側の対策よりも、サプライチェーン下流の対策が必要だということで、炭素追跡に関しては、まじ頑張んないといけないということです。
さらに悪いことに、Caro et al. (2013) が指摘するように、炭素の二重会計という制度上の問題も存在します。
複雑なサプライチェーン上で炭素をトラッキングしようとすると、「部品を作ったA社も、それを組み立てたB社も、最終的に売ったC社も、みんな同じ排出量を一緒くたにカウントしてしまう」ことです。まだ、ルールの設計も整っていない訳ですね。
解決策:「ゲーム理論」と「最適化モデル」
ゲーム理論
じゃあどうすんねんと。そこで出てきた最強の武器が「ゲーム理論」と「最適化モデル」です。
一言で言うと、「サプライチェーンの全員が『どうすれば自分が一番得するか』というゲームを、数式を使って解き明かす」って感じです。
例えば、トヨタの車のメーカーと、それを売る小売業者が存在するとします。小売業者が、メーカーに「もっと環境に良い部品を使え!」と要求した場合、単純にコストが上がるので、メーカー側は「赤字になるからムリ」と反発します。これでは交渉決裂です。
ここで導入されるのが 「コストシェアリング契約」です。小売業者が「おたくが排出削減システムを入れるなら、うちがその初期費用を一部負担しまっせ。その代わり卸値は少し上げてもええで」と提案します。
この「卸売価格の調整」と「コスト分担の比率」をゲーム理論で計算し尽くすと、メーカー単独では赤字になる排出削減投資が、サプライチェーン全体で見ると「全員にとって儲かる激アツ案件」へと反転するポイントが見つかるという訳です。
この辺はもう天才すぎて、数式の理解はできません。
最適化モデル
一方で、Miklautsch and Woschank (2022) は「最適化モデル」というもう一つの提案をしており、貨物輸送における温室効果ガス削減のための「215の意思決定手法」を分類しています。
乗り物や、燃料の種類、積み荷など、「どう運べば一番炭素が出ずに、かつ安いか」という計算を無限にやります。これが、サプライチェーンの最適化を下支えしてくれているんですね。
論文でも示されていますが、企業のモチベーションは「環境への配慮」だけではなく、「顧客からのプレッシャー」「競合他社に負けない戦略」、そして「社会的な大義名分」にあるということです(Zhang et al., 2023)。経済原理ですね。
だからこそ、カーボンファイナンスという政策によって「環境に良いことをやらないと儲からない」ということを、企業に対して合理的に示す必要がある訳です。
昨年のCOP30 では、パリ協定6条の「二国間クレジット」や「国連主導のカーボンクレジット市場」の最速が決まりました。こういった動きも踏まえて、カーボンファイナンスの熱はどんどん高まっていくでしょう。
今回のレビュー論文を通して、カーボンファイナンスに対して、特に「環境経済学」や「ミクロ経済学」の分野が主軸となって、炭素の「効率化」「最適化」が進んでいくことが示されました。
僕個人的には、そもそもどう炭素を減らすかという「リデュース」の話や「上限設定」の話に関心があるので、今回の主流派経済学の話は「ふーん」って感じですが、引き続き、正統派の解決策についても追っていく次第です。
次回はもっとディープな脱成長の論文でも読みたいなと思います。
まとめ
排出権取引や炭素税などの「カーボンファイナンス」は企業の必須ツールになる。
途上国の非公式経済や、スコープ3における二重計上の問題など、制度設計がまだ発展段階
経済学的に「ゲーム理論」や「最適化モデル」といった解決策が提案される
メーカーと小売業者間の「コストシェアリング契約」など、サプライチェーン全体で利益を維持しながら劇的に炭素を減らす方法もある。
参考文献
Caro, F., Corbett, C. J., Tan, T., & Zuidwijk, R. (2013). Double counting in supply chain carbon footprinting. Manufacturing & Service Operations Management, 15(4), 545–558. https://doi.org/10.1287/msom.2013.0443
Kannan, D., Solanki, R., Kaul, A., & Jha, P. C. (2022). Barrier analysis for carbon regulatory environmental policies implementation in manufacturing supply chains to achieve zero carbon. Journal of Cleaner Production, 358, 131910. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2022.131910
Miklautsch, P., & Woschank, M. (2022). A framework of measures to mitigate greenhouse gas emissions in freight transport: A systematic literature review from a manufacturer's perspective. Journal of Cleaner Production, 366, 132883. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2022.132883
Mitoma, H. (2023). Carbon footprint analysis considering production activities of informal sector: The case of manufacturing industries of India. Energy Economics, 125, 106809. https://doi.org/10.1016/j.eneco.2023.106809
Rana, M., & Rao, T. J. (2026). Carbon finance in sustainable supply chains: Insights from a systematic review of the literature. Business Strategy & Development, 9, e70328. https://doi.org/10.1002/bsd2.70328
Wang, B., He, L., Yuan, X. C., Sun, Z. M., & Liu, P. (2021). Carbon emissions of coal supply chain: An innovative perspective from physical to economic. Journal of Cleaner Production, 295, 126377. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2021.126377
Zhang, A., Tay, H. L., Alvi, M. F., Wang, J. X., & Gong, Y. (2023). Carbon neutrality drivers and implications for firm performance and supply chain management. Business Strategy and the Environment, 32(4), 1966–1980. https://doi.org/10.1002/bse.3230
すでに登録済みの方は こちら