Chat GPTの電力消費量を知っておこう
プレゼンが終わりましたが、目標より台本を読んでしまったのでちょっと残念。再来週にも2つプレゼンがあるので、そこではもっと顔を上げて、聴衆を巻き込んで行ってやろうと思います。
今回は、「エネルギー消費量リマインダーはソーシャルグッドなマインドセットを促進するのか?」という論文です (Barnett, 2025)。僕ももはや手放せなくなった生成AIですが、その裏には莫大な電力消費があるというのもチラッと聞いたりします。
そこで、実際に電力消費がどれくらいなのかを明確にしつつ、実験も見ていきましょう。
AIの環境負荷は高いぜ
AIシステムの中でも、特に生成AIは、その開発から運用に至るまで、信じられないほどのエネルギーを消費します。しかし、ユーザーからは全く意識できないというのがまた恐ろしいところでもありますよね。飛行機なら、「あ〜CO2出してんな〜」とわかりますが、AIはスンッとしてます。
早速、論文で示された、AIの環境負荷に関する具体的な数字を以下にズドンと。
モデル訓練のCO₂排出量
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ある大規模なAIモデルの訓練にかかるCO₂排出量は、約78,468 kg-CO₂eに相当すると推計されている。
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さらに高度なニューラルアーキテクチャ検索を用いる場合、この数字は626,155 kg-CO₂eにも上る (Strubell et al., 2019)。
他の活動との比較
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ニューヨークからサンフランシスコへの片道航空券1枚のCO₂排出量が約1,984 kg-CO₂e。
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人間の年間平均カーボンフットプリントは約11,023 kg-CO₂e。
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つまり、上記の高度なAIモデルを1つ訓練するだけで、人間約57人分の年間カーボンフットプリントに匹敵するCO₂を排出することになる (García-Martín & Rodrigues, 2019)。
データセンターの冷却水使用量
また、AIシステムを支えるデータセンターは膨大な熱を発生するので、その冷却のために大量の水を消費するんですな。
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例えば、ChatGPTのようなモデルの場合、5〜50回のプロンプトごとに、平均 0.5Lの水が冷却に使われると推定されている (Sreedhar, 2023)。
正直、あんまりイメージしづらいですが、高度なAIを訓練する時にはかなりの電力消費が発生する訳ですね。もちろん、これらに使用されるエネルギーでも、再生可能エネルギーから供給される場合もあります。Googleも再エネ100%でやってますし。
ただ、日本を含む多くの地域ではエネルギーの多くを化石燃料によって供給されているので、AI開発がさらに加速していく今後を考えると、懸念は依然として切迫している状況ですね。
また、バーチャルウォーターとも言われますが、水の使用量がやはり問題になりますね。プロンプト5~50回でペットボトル1本くらいというのは一見するとどうってことないようですが、とはいってもチリツモで莫大になりそうです。
「気づかせれば人は変わる」のか?実験の内容と結果
そしてこの研究は、これらの環境負荷を、Chat GPT上で見える化したら、行動は変わるのか?を調べています。心理学的な実験ですね。
大学生168人を対象に、以下の6つのグループに分かれてもらいました。
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メーター: プロンプトを出す度、エネルギー消費量を示すゲージが上昇する
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水筒: プロンプトを出す度、水筒の水の残量が減っていく
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背景画像: 人間活動による汚染(ゴミの山など)を想起させる画像を背景に表示する
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広告バナー: AIのエネルギー使用に関する情報を、画面上にバナー広告として表示する
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フッター: テキスト入力エリアの下に、AIのエネルギー消費量に関する簡潔な情報を表示するex)「ChatGPTの訓練には1,000MWh以上のエネルギーが使用され、これは90世帯の年間消費量に相当します」
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コントロール群: 通常のChatGPTインターフェースで、何も表示しない。
参加者は、ChatGPTを使ってニュース記事の要約を行うなどの課題をこなし、その後、AIの環境負荷への意識や行動変容の意図についてアンケートに回答しました。1週間後にも追跡調査が行われ、長期的な影響が評価されましたとさ。
「見せるだけ」では変化なし
実験結果をひとことで言うと、残念ながら「変化なし」でございました。
「この特定のChatGPTを継続して使用した場合、システム上の行動は時間経過とともに変化するでしょうか?」という、行動変化に関する質問をおこなった結果、全体の32.7%が「はい」と答えました。これは変化できることを示唆しています。
6つのグループを見ていくと、フッター群が44.4%で最も高く、広告群が40%と続きました。
しかし、コントロール群(普通のChat GPT)も27.3%が、はいと回答しており、この差は、統計的な意味では「偶然の範囲内」と判断されました。
つまり、「エネルギー消費を見せれば、自動的に行動が変わる」という単純な「ナッジ」は、この実験においては確認されなかった訳なんですねぇ。
「人はなぜ変わらないのか」
しかし、自由回答の欄からは、示唆に富む洞察が得られたようです。
意識と感情の変化は生まれた
環境負荷が見える化された参加者の多くが、罪悪感、意識の高まり、AIツールをより責任を持って利用したいという願望を表明しました。
特に、フッターや広告は、最も多くの参加者にその意図が認識されました。メーターのようにエネルギー蓄積をリアルタイムで表示する動的な手がかりは、最も高いレベルの自己反省や再考を促しました。一方で、その持続性は低い傾向があったというのが、慣れてしまう人間の性なんでしょうか。
「心理的距離」の壁と「破滅的なメッセージ」の逆効果
しかし、参加者の多くは、環境問題への懸念はあるものの、AI使用時の具体的な意思決定には反映されにくい「抽象的な懸念と行動のギャップ」を抱えていることがわかりました。
行動変容しなかったユーザーの多くは、自身の利用が環境に与える影響を「個人的には些細だ」と軽視したり、利用を正当化したりする傾向が見られました。
これは、Chat GPT利用によるエネルギー消費と、ユーザーの行動の間に存在する「心理的距離」が、責任ある行動を阻害していると言います。
この現象は、1.5℃以内に抑えるために残された時間をカウントダウンする「気候時計(Climate Clock)」にも似ていると言います。恐怖を煽る「破滅的なメッセージ」は、かえって無力感や回避行動、あるいは無関心を強化してしまい、長期的な行動変容を促すためには効果的ではないということです。
確かに、あまり気候変動や環境問題に関心を持ってこなかった人からすると、自分自身が攻撃されているような気持ちになって、そんなこと言わないでくれ!と反発したくもなりますよね。
「価値駆動型注意」の欠如
社会的な責任に関する行動を促すには、「規範的な動機付け」や「倫理的責任への訴え」が最も効果的だという先行研究があります。
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規範的な動機付け:ある行動が道徳的に正しい、または良いとされる理由に基づいて、その行動を促す動機付けのこと
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倫理的責任への訴え:個人や組織が、法律で定められた以上の倫理的・道徳的な基準に基づいて行動することを求められること
つまり、ポジティブな意味を認識することで行動に繋がるということですね。これは覚えておきたいポイントです。
しかし、この実験で提示された持続可能性の見える化は、報酬機能のように、ユーザーに直接的な個人的利益や報酬、あるいは意味のある成果を出せませんでした。この「価値駆動型注意」の欠如が、多くの参加者に無視された理由の1つであると指摘しています。
「行動を促す」AIデザイン3要素
というわけで、「AIインターフェースに消費量を提示しても、明確な行動変容に繋がらない」という少々残念な結果を提示しました。単純な「見える化」では、ナッジするには小さいということです。
そこで、最後に論文は、行動変容を促すために必要な3つの要素を強調しております。
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価値駆動型(Value-driven):ユーザーに個人的な利益や、意味のある成果を明確に感じさせるデザイン。例えば、「AIの低エネルギーモードを使うことで、月々の電気代が節約できる」「環境に配慮したAI利用が、社会貢献に繋がる実感」など、ユーザーの価値観に響くメリットを提示すること。
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感情に訴えかける(Emotionally resonant):単なる恐怖や罪悪感だけでなく、希望・責任感・連帯感といったポジティブな感情を喚起するデザイン。例えば、ユーザーのAI利用が、具体的な環境保護プロジェクトにどう貢献しているかを示すなど、行動がより大きな善につながることを感情的に訴えかけること。
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シームレスな統合(Seamlessly integrated):ユーザー体験を妨げず、自然な形で情報を提供するデザイン。フッターのような微妙な手がかりが最も認識されたことから、邪魔にならない形で情報が提供されることが重要です。
これを見て、WWFの寄付のお願いがとても参考になるなぁと思いました。
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1500円:南米のチリで海の大切さを伝え、地域の人たちにもその保全に参加してもらう普及活動を1回実施できます。
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5000円:野生のトラが生息する東南アジアの森で行なうカメラトラップ調査のトレーニングを実施できます。
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10000円:スマトラの熱帯林で、違法伐採や野生動物の密猟を防ぐパトロールを14日間、支えることができます。
といったように、その寄付活動を1年続けると、こんな意味のある成果がありますと明確にし、希望や連帯感などのポジティブな感情を持ちますね。HPを閲覧する時にバナーを出してユーザー体験を妨げることも無いと。バッチリですね。WWFを参考に行きましょうみなさん。
ちなみに、僕の絶滅危惧どうぶつ転生診断は、「ジャイアントパンダ」でした。守ります。
まとめ
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高度なAIモデルの訓練 = 約57人分の年間カーボンフットプリント
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プロンプト5~50回でペットボトル1本くらい
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エネルギー消費を見せるだけでは、行動は変わらない
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価値駆動型・感情に訴える・シームレスな注意が必要
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ぼくの絶滅危惧動物診断は「ジャイアントパンダ」
ポジティブな意味付けができないと行動は変わらないけども、ネガティブな情報の方が広がりやすかったりするので、そこの矛盾もいかに突破するかというのが鍵になってきますよね。
これからもAIに関しては広がっていくこと間違い無いと思うので、まずはエネルギーを持続可能なものにしていくことが重要ですね。そんでもって、使用量の上限がどこに来るかというのも、エコロジー経済学的には重要になってくるので、引き続き目が離せないテーマです。
参考文献
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Barnett, E. N. (2025). Visualizing AI Energy Use: Can Consumption Reminders Promote Social Good Mindsets?
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García-Martín, E., & Rodrigues, C. (2019). Estimating energy consumption in machine learning. Sustainable Computing: Informatics and Systems, 24, 100349.
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Sreedhar, N. (2023, October 30). AI and its carbon footprint: How much water does ChatGPT consume? Mint.
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Strubell, E., Ganesh, A., & McCallum, A. (2019). Energy and policy considerations for deep learning in NLP. arXiv preprint arXiv:1906.02243.
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WWF Japan, HP, https://www.wwf.or.jp/
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