脱成長と不況の違い・具体的な政策
さあ、こちらは昨日やっとこさ1学期が終わりまして、ドイツ国内旅行のためにまずベルリンに向かっているところでございます。
ドイツは環境政策の一環として国内線をめちゃ減らしており、シュトゥットガルトからベルリンは早朝、昼、夜の3、4つくらいしかなかったです。5万円くらいでめちゃ高かったし。
駅の広告で、電車のGHG排出量は飛行機の1/7だよってのがありまして、おとなしく電車移動してます。5000円くらいでめちゃ安です。
さて、今回は脱成長についてもう少し具体的にみていこうと思います。前回のレビューと、それに付随するいくつかの論文から、気になるところを見ていきます。
脱成長と不況
このテーマはおそらく1番重要なことですね。「いや経済成長ないと無理でしょ、日本の失われた30年見てよ、ドイツの景気後退見てよ」と反論されるとぐぬぬとなりそうな感じです。
ヨハン・ノルベリさんは、著書『資本主義が人類最高の発明である』の中でリーマンショック時やコロナ禍を例に挙げ、ほら脱成長はダメでしょうと論証しておりました。
しかし、ヒッケルさん(2020)は、そもそも脱成長と経済不況は違うよ〜と、以下6つの観点から言っております。
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脱成長は、生態系への影響を減らし、幸福を向上させる計画的な政策。
→不況は、生態系への影響の減少や幸福を向上させることを意図していない。 -
脱成長は、武器・牛肉・広告など、重要性の低い分野の縮小を目指しており、
医療・教育・介護など、重要性の高い分野は拡大することを目指している。
→不況は、無差別に重要な部門を破壊する。コロナ禍では、学校や娯楽は悪影響を受け、Amazonは拡大している。 -
脱成長は、雇用を改善し、労働時間を短縮する。
→不況は、大量の失業をもたらす。 -
脱成長は、累進課税や最低賃金によって格差を改善する。
→不況は、格差を悪化させる傾向があ。コロナ禍では富裕層はさらに富み、下位50%は富をたくさん失ったとのこと。 -
脱成長は、再エネへの移行、生態系の保全を達成するための計画の一部。
→不況は、生態系のコストがなんであれ、成長を再開することに集中する。
なるほど、大きくまとめると、脱成長は計画的に選択して産業の縮小と拡大を促し、人間の幸福と生態系の健全性を回復させるもの。そして、不況は計画的なものでなく、特に富裕層以外が影響を強く受けてしまうもの。って感じですね。
まぁ青写真と言えば青写真なので、その実効性はもっと確かめていくべきですが、とにかく、リーマン不況やコロナ不況を理由に脱成長はダメだ〜!っては言えないということなんですね。
脱成長経済の政策
そんな前向きな脱成長ですが、政策的にはどんなものを提案しているのでしょう。具体的な政策案に関しては、2022年に「脱成長 政策提案の探究」って系統的レビューがありました (Fitzpatrick et.al., 2022)。
不況に陥らずに、脱成長で計画的に健全な経済を送れるのかどうか、見てみましょう。
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労働時間の短縮
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ユニバーサルベーシックインカム
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富裕税
このレビューでは、文化・教育・エネルギー・環境・財務・食・地政学・観光・貿易・都市などなど様々な分野の政策を書いておりますが、基本的にはこの3つが大きな根幹を占めるそうです (Fitzpatrick et.al., 2022)。
一見すると、脱成長の定義である「資源・エネルギーの消費量の削減」との繋がりは見えにくく、最大多数の最大幸福というようなイメージですね。トップ1%の富裕層がより富むための仕組みから、より多くの人に、"十分な生活"を保証する感じ。トップ1%の脱成長とも言えるような。
ほんとに論文によって言っていることや対象にしていることが違うので頭が混乱しますが、こと政策に関しては「人間視点」なので、「不平等」に対処するものが先頭に来るのかなという印象です。
富裕税に関しては、上位10%の富裕層が炭素排出量の50%を占めていて、その割を喰らうのはグローバルサウスだってのもよく出てきます (Oxfam International)。そういう意味では、環境的な要素もしっかりと抑えられているなぁと。
そして、増えた税収でベーシックインカムを導入して、最低限の生活を保証する。お金のために働く時間は少なり、余暇時間が増えて幸福度が増す。いいサイクルですね。
また、脱成長と聞くと、テクノロジーを蔑ろにしているようなイメージも少なからず感じてしまいますが、全くそんなことはなく、むしろ生産性は上げていくことは労働時間の削減や、知識・インフラ・資源・時間などの資本の再分配には貢献してくれます。
大切なのは、2倍効率的になったから1日で2日分働けるね!ってマッチョな方向に行くのではなく、2倍効率的になったから昼の12時に帰れるね!午後はジムに行こう!って言ってほんとにマッチョになる方向なんだろうなと思います。
そこを政策で後押しするイメージなんだろうなあ。
しかし、
研究者は、以上の政策提言はまだ具体化や実証にまで行き着いておらず、精度に欠けていると但し書きしております (Fitzpatrick et.al., 2022)。
2024年の方のレビューでも、456件の査読付き論文があるが、政策提言に関するものは149件(32.7%)にとどまっていると。新しい政策提案で、かつ実証的な研究に関しては22件(4.8%)であるとのことで、具体的な政策提案が広範囲に渡って欠如していると指摘しています(Engler et.al., 2024)。
近くに脱成長派がいたら、この辺が弱点なので突いてあげると効果はバツグンでございます。
そして、学術的な変革を成功に導くためには、以下3つの知識が必要ですと。
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世界の現状 (システム知識)
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世界の理想 (規範的知識)
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現状から理想へ至る方法 (変革知識)
脱成長は、特に3番目の変革知識への貢献が不足していると指摘されています(Engler et.al., 2024)。
現状は、気候変動や生物多様性の減少、環境汚染、貧富格差、理想はそれらの回復と生活の質の向上だと。そして、そこに至る道のりが見えていない。
前向きに考えるなら、脱成長論が2000年代初頭に定義され、現状と理想が明確になって盛り上がってきたぞ〜!という見方もできますね。
これからより具体的に政策を実証してデータ取ってってできたら、これから5~10年でより盛り上がっていくのかな〜という感じです。
そう考えると、世間から胡散臭く思われているのもちょうどいいなと思う次第です。
まとめ
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脱成長は計画的に環境保護や格差改善を促す。
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不況は失敗として急遽起こるもので、脱成長とは逆である。
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脱成長の政策の基本は、労働時間の短縮・ベーシックインカム・富裕税
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具体的な政策実証がまだ全然足りてないのが弱点。
参考文献
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Engler, J.-O., Kretschmer, M.-F., Rathgens, J., Ament, J. A., Huth, T., & Von Wehrden, H. (2024). 15 years of degrowth research: A systematic review. Ecological Economics, 218, 108101. https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2023.108101
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Fitzpatrick, N., Parrique, T., & Cosme, I. (2022). Exploring degrowth policy proposals: A systematic mapping with thematic synthesis. Journal of Cleaner Production, 365, 132764. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2022.132764
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Hickel, J. (2020). What does degrowth mean? A few points of clarification. Globalizations, 18(7), 1105–1111.
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Oxfam International(28/10/24), "Billionaires emit more carbon pollution in 90 minutes than the average person does in a lifetime", https://www.oxfam.org/en/press-releases/billionaires-emit-more-carbon-pollution-90-minutes-average-person-does-lifetime
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ヨハン・ノルベリ 著ほか. 資本主義が人類最高の発明である : グローバル化と自由市場が私たちを救う理由, ニューズピックス, 2024.9. 978-4-910063-37-9. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000137-I9784910063379
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