蒸気機関から脱成長まで、全部エントロピー
おそばせながら「地面師たち」を見ました。めっちゃ面白かったです。ハリソン山中の知性×サディズムの怖さはさることながら、土地に百億円が注ぎ込まれるって事自体もなかなかの狂気だと感じました。成長社会ド真ん中の世界を少し覗けてよかったです。
さて、今回は「サディ・カルノーと物理学と経済学のパラダイム・シフト」という論文です。蒸気機関の研究をしたサディ・カルノーから、我らがエコロジー経済学の始祖ジョージェスク=レーゲンまで、「エントロピー」という一本の軸で200年の歴史を紐解いた論文であります。
以前、経済学は物理学を無視しているみたいなことを書いたことがありますが、それが歴史も踏まえてしっかりと理解でき、とてもよかったです。
「エントロピー」とは
まずはエントロピーの復習からですが、YouTubeの「エントロピーを理解すれば、世界の見え方が変わる」というこの動画が一番面白いですし、エコロジー経済学の理解の基本となる部分が理解できるのでおすすめです。
動画はじめ、物理学者が一般の人たちに「地球は太陽から毎日エネルギーを受け取っていますが、では地球は宇宙に対してどれだけエネルギーを放出しているでしょうか?」と問うているところがとても印象的です。
今回表題となっている「カルノー」ですが、彼がエントロピーを発見したというわけではなく、蒸気機関の研究をしていく中で、熱力学の基礎を築いたということがグッドポイントです。後にクラウジウスという人がカルノーの論文を再評価して、エントロピーの命名に結びついたそうです。
さて、エントロピーを軽く説明をしますと、熱は、熱い体から冷たい体へ「流れ落ちる」ときにだけ仕事をします。そして一度冷めた水は、勝手には元の熱さに戻りません。つまり、エネルギーは放って置くとどんどん「使えない形」に落ちていくという訳です。この一方通行を数式にしたのが、いわゆる熱力学第二法則:エントロピー増大の法則です。
一言で言うと、エントロピーとは「散らかり度合い」で、部屋を何度片付けようと、勝手に散らかっていく不可逆さを持ち合わせています。
ここで大事なのは、この法則の肝が「時間が巻き戻らない」ということです。エントロピーは減りません。これが物理や生物だけでなく、経済学にも通じてきます。
経済学と物理学
次に、経済学と物理学の関わりについて見ていきましょう。歴史を紐解くと、経済学は物理学をパクって発展したそうです。
論文いわく、19世紀に起きた「限界革命」の時代、経済学者たちは「均衡」という発想をニュートン力学から借りてきたそうです。「個人の利己心」を重力になぞらえ、あらゆる力が釣り合う点つまり「均衡」を探す、という設計です。
ジェヴォンズに至っては「価値とは、力学におけるエネルギーである」とまで言ってのけたそうな(Mirowski, 1984)。彼はいわゆる「ジェボンズのパラドックス」で有名ですね、「化石燃料は、利用効率が上がれば使用量が減る!」と言っていたのに、むしろ「効率が上がったからもっと使おう!」ってなってしまったやつです。
そして、ここに経済学が取り込めなかった物理学の本質があります。物理のエネルギーは保存されますが、ここで経済の「効用」や「所得」は保存されません。つまり、エネルギーの数式は借りてきましたが、「エネルギーは散逸する(=エントロピーは増える)」という第二法則のほうは、考えきれてなかったんですね。
レーゲンの提言
そこで登場するのが、ルーマニア出身の数学者にして経済学者、ニコラス・ジョージェスク=レーゲン。エコロジー経済学の祖です。彼はシュンペーターに師事していましたが、あるとき正統派の経済学に見切りをつけ、熱力学を経済に持ち込みました。
彼の批判として有名なのが、経済学者みんな大好き「フローの循環図(Circular Flow Diagram)」への批判です。
この図は何かといいますと、経済において「企業と家計の間をお金とモノがぐるぐる回る」のを可視化した、閉じた輪っかのようなイメージ図です。
しかし、ジョージェスクは「いや、経済は閉じた輪っかちゃうで」と言います。実際には「環境」から「低エントロピー」の資源(石油、鉱物)を取り込み、使ったあとは「高エントロピー」の廃棄物として「環境」に吐き出しているぞということを指摘します。経済の入口と出口が環境に開いた、一方通行の流れなんだという訳です。
つまり、経済価値があるものとは「低エントロピー」なものだと訴えたんですね。そして、そんな石油や鉱物などの低エントロピーは有限で、増えることはないと。マンキューの経済学の教科書でも「価格は希少性だ」と教えられますが、彼はさらにその根っこには「エントロピー」が存在すると説きました。
この天才的な指摘ですが、当時の経済学界からは総スカンを食らって、レーゲンは「数秘術みたいなオカルトに手を出した変人」扱いで村八分にされたそうです。悲しい。でも今の僕らエコロジー経済学は、まるっとこの人の肩の上に立っています。以前「【エコロジー経済学】これぞ新時代」の記事で紹介した学派の源流がここにあるんですね。
もうひとつ、痺れる指摘があります。レーゲンいわく、僕らが「生産(production)」と呼んでいるものは、本当は「変換(transformation)」と呼ぶべきだと言います。工場は無から価値を生んでるわけではなくて、自然から取ってきた低エントロピーの材料を、製品と廃棄物へ「変換」しているだけだと。こうやって言葉を変えてみると、経済が自然の一部であるということが見えてきますね。
この重要性は、生き物を見るとよくわかります。植物は光合成で太陽から「低エントロピー」を取り込み、動物は食べ物から「低エントロピー」を得る。「光や食べ物」を絶たれれば秩序は崩れ(エントロピーは増大し)、「死という決定的な均衡」が訪れる。生命も経済も、外から低エントロピーを流し込み続け、高エントロピーを排出し続けないと止まってまうという訳です。
そして「脱成長」が生まれた
レーゲンはその発想から「無限の成長は、有限な地球とは両立できない」とたどり着き、「脱成長(degrowth)」という言葉が出てきました。これは1971年の主著『エントロピーの法則と経済過程』で初登場します(Missemer, 2017)。
「脱成長には2種類ある」と以前書きましたが、「デクロワッサンス」の方はフランスで社会運動として生まれ社会主義的な系譜を辿っていますが、「デグロース」はエコロジー経済学の系譜で、熱力学的な発想から出てきたという訳です。ここはスッキリしますね。
そして、僕がドイツで学んでいる「バイオエコノミー」の起源も、同じく彼にありまして、論文は、レーゲンが掲げた「最小限バイオエコノミー綱領」も紹介してくれてます。
武器生産の全面禁止(生産力を建設的な方へ回す)
途上国への即時援助
オーガニック農業で維持できるレベルに人口を徐々に減らす
モノを長持ち・修理可能にする
エネルギーの浪費をやめる
流行(ファッション)への執着を捨てる
仕事中毒を治し、労働と余暇のバランスを取り戻す
現代で言う、「サーキュラーエコノミー」「ワークライフバランス」「気候資金」に通じるものがありますね。
しかし、論文の著者Oliveiraさんは、「武器産業とファッション産業をなくすなんて、今の資本主義では無理筋やろ」とツッコミを入れます。さらに「オーガニック農業で暮らすために人口を減らそう」という項目もありますが、「それはマルサス主義への後戻りで、生産と消費のモデル自体は温存されたままですやん」と、けっこう手厳しい批判をしています。
個人的には共感しか無く、批判する余地もないなんて思いますが、確かに現実に即して考えれば、「流行への執着を捨てる」なんか、現代のSNSによって加速するばかりだななんて思います。
まずは「不平等」をなんとかしよう
最後に著者は、スマートシティの話を挟んだうえで、「グリーン成長 vs 脱成長」の対立に切り込んでいきます。
まずは未来のデータをズドン。
世界の都市人口は、2050年に 66%(2018年は54%)まで増え、都市に 24億人 が上乗せされる。
都市は地表の 2%未満 しか占めないのに、世界の資源の 75%以上 を食う。
しかも資源採取量は2010年の 400億トン から、2050年には 900億トン へ倍増する見込み。
ここで著者は、グリーン成長派も脱成長派も、両者は「成長するか、しないか」で殴り合ってるけど、実は「今の経済モデルは改革できない」という同じ前提を共有しており、そこにこそ異議があると言います。
「成長 or 脱成長」の二択に飛びつく前に、まず資源とエネルギーの使われ方の不平等をなんとかするべきだという訳です。「極端な欠乏と極端な浪費が同居しているこの状態を放置したまま、成長率だけ議論しても意味ないやろ」という問いかけで論文は閉じます。
個人的にこの主張は、脱成長側の意見を改めて言っているだけだと思うので、そんなにクリティカルとは思いませんでしたが笑、経済活動それ自体が、何のために生産するのか。ここを問い続けたいですね。
まとめ
熱力学第二法則(エントロピーの法則)は、物理だけでなく生物も経済も縛る
経済学は力学から「均衡」を借りたが「エネルギーは散逸する」を無視してきた
ジョージェスク=レーゲンは、経済を自然に開かれた一方通行の流れと捉え直し、エコロジー経済学と脱成長の源流をつくった
著者は成長派・脱成長派の対立に疑問を投げ「まず資源利用の不平等を正せ」と説く
参考文献
Carnot, S. (1824). Réflexions sur la puissance motrice du feu. Bibliothèque Nationale de France.
Clausius, R. (1867). The mechanical theory of heat—With its applications to the steam engine and to physical properties of bodies. John van Voorst.
Missemer, A. (2017). Nicholas Georgescu-Roegen and degrowth. The European Journal of the History of Economic Thought, 24(3), 493–506.
Oliveira, A. R. E. (2026). Sadi Carnot and paradigm changes in physics and economics. Advances in Historical Studies, 15(1), 23–37.
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