気候変動でも、逃げられない人たち

「気候難民」にも種類がある。
keene 2026.05.16
誰でも

修論の提案書を書いています。今年の始めに論文投稿しようとしていた案の範囲と手法を少し変えて、半年でできるレベルに落として取り組もうと思います。なにせマクロ経済モデリングは素人なので何もわかりませんが、やりたくなっちゃったんだからしょうがない。頑張ろう。

今回紹介するのは、Luong(2026)による「気候変動と緩和を繋ぐ:洞察、困難、そして未来の方向」というレビューで、『Global Migration – Patterns, Impacts, and Policy Responses』という書籍の一章として発表されています。

気候変動と移住・移動の関係を、理論・実証・政策の三層で整理してくれたレビュー論文で、「気候難民」というざっくりとした概念の裏側にある、ものすごく複雑なメカニズムを丁寧に解説してくれています。めっちゃ暗い気持ちになりますが、知らなければならないことです。

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まずは数字を確認しよう

まずは、気候変動の影響が、人間の居住可能域にも直撃し始めているのということを、データを通して見ていきましょう。

以下にデータをズドン:

  • 3億人:今世紀半ばまでに、少なくとも年1回の沿岸洪水リスクにさらされる人口

  • 年間2000万人以上:2008年以降、毎年平均で気象関連の極端現象によって、国内で避難を余儀なくされている人数

さらに、気候変動が洪水時の降水を強化し嵐の風速を変えることで避難リスクを高めた結果、記録されている気象関連の国内避難事象のうち洪水と嵐が占める割合は97%にのぼります(Beyer et al., 2024)。

これは、気候由来の避難はほぼ「洪水か嵐か」で説明できる、ということです。避難という意味では、海面上昇のイメージが強いですが、局所的な自然災害の影響はやはり強いんですね、、

2050年に3℃いく説が出たでも触れたように、気温上昇が続けばこれらの数字はさらに膨らみます。このままの現状が続くと、居住不能地域の拡大は時間の問題でしょう。

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「トラップドポピュレーション」という逆説

さあ、ここが今回の論文で一番注目すべきところです。

この難民の問題、直感的には「気候変動が激しくなれば、人々は逃げる」というイメージですよね。ただ、実証研究は、現状はもっと複雑だということを示します。

というのも、64カ国・4億4200万件のデータを使った研究では、「降雨量がマイナスショックを受けた(雨が少なくなった)低所得国では、移住が減る。」ということがわかりました(Abel et al., 2022)。

つまり、環境が悪化したからといって、必ずしも人が逃げ出すわけじゃないんですね。論文はこれを「流動性制約メカニズム(liquidity-constraint mechanism)」と呼んでいます。

つまり、気候ショックは同時に2つの影響をもたらします:

  • 「逃げたい」という動機を高める(環境が悪化するから)

  • 「逃げる能力」を削る(資産や貯金が失われるから)

この二重の打撃を受ける人々を「抜け出せない人々(Trapped Populations)」と定義しています(著者訳)。

2050年には気候難民が2億人にもおよぶとどこかで見ましたが、この「避難したくてもお金がなくて逃げ出せない」というのはなかなか見えにくい現実です。

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2種類の気候移動

次に、論文は気候関連ハザードを2種類に分けて整理しています。これが移動のパターンを大きく変えるので、しっかり押さえておきましょう。

急発症型(Rapid-onset):洪水・嵐・山火事

サクっと特徴を整理すると:

  • 即座に見える被害 → 短期的な国内避難を誘発

  • 被害は「急激な所得ショック+資産の破壊+安全への脅威」

  • 多くの場合、一時的な移動 → 状況が落ち着けば帰還

ここは、わかりやすい自然災害ですね。ただ、人為的な気候変動によって、洪水時の被害をより甚大にし、嵐の時も風速が上がることで、避難リスクが増大していることも指摘されています(Beyer et al., 2024)。

緩発症型(Slow-onset):海面上昇・干ばつ・沿岸侵食

そして、こちらはより複雑で理論的にも曖昧です:

  • 農業生産性の漸進的な低下、収入の不安定化を通じて移動に影響

  • 気候変化は、「トラップドポピュレーション」が生まれやすい

目に見えてわかりやすい自然災害ではなく、徐々に気温が上がっていく現象は、「トラップドポピュレーション」の通り、むしろ国際移住を減らすこともあります。これは、移住に必要な資産や、移住先の社会ネットワークが不足しているからです(Cattaneo & Peri, 2016)。

気候変動の移民の問題は、「一時的な国内移動」と「永続的な国際移住」かと思っていましたが、そこに加えて、じわじわ効いてくる気候変化に対応できず移住もできない「トラップドポピュレーション」が予想以上に大変ということですね。

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誰が逃げ、誰が残されるのか

最後に、論文が特に力を入れて論じているのが、移住の選択性(selectivity)です。つまり、気候変動による移住は、全員に均等に起きるわけじゃないと言います。

以下にその分類を挙げます:

逃げやすい人

  • 収入・資産が多い世帯

  • 教育水準が高い個人

  • 若い世代

  • 移住ネットワーク(先に移住した知人など)を持つ人

残されやすい人

  • 貧しい世帯

  • 女性:「資源へのアクセス制限」+「労働市場での機会不足

  • 高齢者

  • 社会的なネットワークが薄い人

ベトナムのデータを使った実証研究では、降雨ショック下で、女性は男性より移住しにくいことが示されています(Luong et al., 2023)。これはジェンダー不平等と気候変動が交差する、非常に重要な発見です。

気候変動は、南北間で不平等が生じていると考えていましたが、さらに細分化すると、南南間でもさらに不平等が存在するということです。そして、その最も逃げにくい「トラップドポピュレーション」の人たちは、最も炭素排出が少ないという悲しい現実もあります。何がなんだか。

政策的な目線で言うと、「移動できる人たちへの支援」はもちろんのこと「移動できない人たちの支援」が超重要ですね。この観点で、COP29では「損失と損害基金」に3000億ドルの資金の拠出が決まりましたが、途上国の求める1.3兆ドルの大きさに納得感が出ました。日本ももっと出していかなきゃです。

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まとめ

  • 気候変動は年間2000万人以上を国内で避難させている

  • 「逃げたくても逃げられない」トラップドポピュレーション

  • 急発症型は短期的避難、緩発症型は複雑な反応

  • 移住は所得・教育・年齢・ジェンダーで強く選択される

  • 政策の優先課題は二本立て:移住を「できる」人のための移動促進と、移住「できない」人のための社会保護

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参考文献

Luong, T. A. (2026). Linking climate change to migration: Insights, challenges and future directions. In Global Migration – Patterns, Impacts, and Policy Responses. IntechOpen. https://doi.org/10.5772/intechopen.1015354

Abel, G., Muttarak, R., & Fabian, S. (2022). Climatic shocks and internal migration: Evidence from 442 million personal records in 64 countries. World Bank. https://hdl.handle.net/10986/36886

Beyer, R., Espinosa, M., Ponserre, S., Mengel, M., & Milan, A. (2024). Heterogeneous effects of climate change on displacement-inducing disasters. Frontiers in Climate, 6, 1260028. https://doi.org/10.3389/fclim.2024.1260028

Cattaneo, C., & Peri, G. (2016). The migration response to increasing temperatures. Journal of Development Economics, 122, 127–146.

Luong, T., Nguyen, H., Truong, K., & Le, K. (2023). Rainfall variability and internal migration: The importance of agriculture linkage and gender inequality. Economic Analysis and Policy, 77, 326–336. https://doi.org/10.1016/j.eap.2022.11.021

Ambikapathi, R., Kosek, M., Lee, G., Olortegui, M. P., Zaitchik, B., Yori, P., Bauck, A., & Caulfield, L. (2021). La Niña weather impacts dietary patterns and dietary diversity among children in the Peruvian Amazon. Public Health Nutrition, 24, 3477–3487.

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