人間が住める地域は100年で30%縮んでる
修論の副査をやってくれる先生が大学内で見つかんないので、以前から論文を読んで知っていたイタリアの大学の先生にメールを送ったら「独創的な研究だね!ぜひ協力するよ!」と言ってくれました。泣ける。
さて、今回紹介するのは、Gajewski, Klein & Tahri (2026) の 「人間の気候ニッチ、居住適性範囲、そして経済成長」という論文です。
ざっくり言うと、「地球の住みやすさを0〜100の点数で測る指標を新しく作って、それがこの100年でどう変わったか、そして経済とどう繋がってるかを調べた」という論文です。地理学・気候学・経済学を繋いでいる独創的な論文です。ぜひ協力したかったです。
「人類の気候ニッチ」
まず前提の話から。
この論文が土台にしているのが、Xu et al. (2020) によるNatureに発表された有名な研究です。彼らは「人類の気候ニッチ (human climate niche)」という概念を提示しました。これは、「人間という生き物は、地球上の気候のうち、ごく一部の最適ゾーンにずっと固まって住んできた」という説です。
「ニッチ」という言葉はもう日常会話でも使われますが、もともとは生態学の用語とのこと。どの生き物にも「快適に生きられる環境」の条件があって、それをニッチと呼ぶんですね。パンダには笹、コアラにはユーカリ、みたいな感じです。
で、人間のニッチは何かというと、「気温と降水量」この2つで決まると。
どのくらいニッチかというと、
年平均気温がだいたい 11〜15℃(ど真ん中で 13℃ くらい)のゾーン
そしてなんと、これは少なくとも6000年前からほぼ変わってないそうです。
とんでもなく昔から人類は「気温13℃くらいのとこ、なんか良ない?」って思ってるのを考えるとすごくかわいいです。
まあ、13℃ってなんだかちょっと寒い気もしますが、「年平均気温」なのをお忘れなく。日本では1991〜2020年において、東京は年平均15℃、大阪が16.5℃、仙台がドンピシャの12.5℃って感じで、その他ヨーロッパや北アメリカなどもここに当てはまってます。
つまり、人類全体を見ると「住みやすさ」という観点で「気温」というものがめっちゃ大事だということです。
住みやすさを点数化する「居住適性度」
さあ、ここからがこの論文のオリジナルな点です。
Xu et al. (2020) は「人類はこの狭い気候帯に住んでる」ことを図で示してくれた訳ですが、今回の著者らは、それを「居住適正度 (Habitability Range)」という形で、人間の住みやすさを0〜100点で評価する指標を作りました。
6000年前に人がたくさん住んでた気温・降水量の組み合わせを「100点」、誰も住んでなかった組み合わせを「0点」として、間をなめらかに埋める。すると、現在の気温と降水量を放り込むだけで、その土地の「住みやすさ」が点数で出てくる、という仕組みです。
仕組みは結構簡単に見えますが、ここで点数を取るのは結構難しいようです。
100点は、年平均気温 10.71℃・年間降水量 646.46mm という条件
50点以上は、全体の 4.70% だけ
0点が地球上の59.71%
なんと地球上の6割が住めない土地というのは意外ですね。
というのも、この指標は「気温が上がる=住みやすさが下がる」みたいな単純な話じゃないんですね。寒すぎる土地は温暖化によって「住みやすく」なるわけですし、もし点数がだったとしても、降水量によって「乾燥」「湿潤」の両方がありえます。
気温・降水量・人口密度をかけ合わせて、より正確な物差しになってる訳ですね。
この100年で住みやすさが33%減った
次は測定です。著者らは1901年から2022年までの気候データにこの点数を当てて、「地球の住みやすさ」がどう推移したかを追いました。
以下にデータをズドン。
地球全体の居住適性度は、この100年で 32.98%減少(−8.40ポイント)
1901〜1920年の平均 25.51% → 2000〜2020年の平均 18.29%(−7.22ポイント)
1975年あたりから下落が加速。2022年には約17%まで落ちてる
そもそも25点と低かったわけですが、そこから100年経ってさらに18点にまで下がってしまったんですね。
なによりこの居住適性度は、気温の変化との相関が −97.63%なので、気温が上がるほど住みやすさは落ちるという関係なので、温暖化がダイレクトで効いてきます。
もちろん、全部の国が全て下がってるわけではありません。寒かった国は温暖化でむしろ点数が上がることもあります。かわいそうなのは、もともと暑い国です。すでに暑い土地は、ちょっと気温が上がるだけで住みやすさがガクッと落ちます。
国ごとの点数もいくつか出てるので、ダダダっと。
ベルギー:89.47%
イタリア:63.17%
日本:60.92%
カナダ:39.38%
インド・ベトナム:30%
ケニア:19.61%
ナイジェリア:16.15%
日本は2009年時点ですが、60点です。これは、梅雨と猛暑によってそんなに高く出ないとのこと。そして気候帯(ケッペンの区分)で見ても、温帯・冷帯は点数が高く、熱帯・乾燥帯は低い。地球の住みやすさの格差は、けっこうわかりやすく出てるんですね。
住みやすさが落ちると、経済も落ちる
そして、この論文は経済学に踏み込みます。「住みにくくなると、経済も貧しくなるじゃないのか」という仮説の検証です。
181カ国、1950〜2022年のデータで回した結果がこちら。
居住適性度が 1ポイント上がると、一人当たりGDPが0.2%増える
居住適性度の1標準偏差(21.19ポイント)分の差は、GDP約4.24%に相当
ということで、居住適性度との相関がしっかりと確認されました。
住みやすさが1標準偏差(29%) 失われると、一人当たりGDPが4.24%吹っ飛ぶわけです。
なぜそんなに大きな相関があるのかについて、著者らは、住みやすさが経済に効くルートも示してくれてます。
居住適性度が高い国ほど
教育水準が高く(相関 36%)、農地が多く(37%)、穀物の収量も高い(28%)
逆に、居住適性度が低い国ほど、
貧困率が高く(36〜41%)、死亡率が高く(27%)、マラリアも多い(45%)
つまり、住みやすい気候は、農業・健康・教育・移住がしやすいため、それが経済の基盤となっているということです。経済の土台に「適度な気候」があるということが見えてきますね。
技術革新で乗り切れるのか
とはいえ、主流の経済学の立場になれば、「技術革新があるから、気候が悪化してもテクノロジーで克服できるでしょー」という声も聞こえますね。著者はそこもしっかり検証しております。
使ったのは「TFP: Total Factor Productivity (全要素生産性)」。ざっくり言うと 「同じ労働と資本から、どれだけ価値を作り出せるか」という技術力の指標です。これが高ければ、「気候が悪化してもテクノロジーで解決できる」ということが出来ます。
結果として、
生産性トップ25%の国は、住みやすさが落ちても経済がダメージを受けない
ということがわかりました。おお、やっぱり技術で殴れるやん、と言いたくなりますね。ただ、話はそう甘くは無くて、同時に以下の点も明らかになっています。
そんな高い生産性を持ってるのは、ごく一部の国だけ
しかも、住みやすさそのものが生産性(TFP)を押し上げてる。つまり住みにくくなると、生産性も一緒に下がる
つまり、「技術があれば気候の悪化を乗り越えられる」は事実だが、「そもそも気候が安定していたからそんな技術が作れた」し、「これから気候が悪化していけば、その技術力も鈍化していく」という訳です。
何より、先んじて気候が悪化していくのは、そのような技術力を持っていない国からなわけですから、不平等極まりないですよね。
著者らはこれを技術万能論への "cautionary tale"(戒めの寓話) と呼んでます。寓話通り行けば、ふんぞり返ってる先進国たちが痛い目見てエンディングとなりますが、リアルは性が悪いです。
まとめ
ちょっと数字を出しすぎて分かりづらくなったと思うので、サクッとまとめます。
人類は6000年前から「気温13℃くらい」の狭い範囲にずっと住んできた
その住みやすさを0〜100点で測る「居住適性度」を作ったら、地球の6割は0点だった
この100年で地球の住みやすさは32.98%減少。1975年から加速中
住みやすさが落ちると経済も落ちる(1標準偏差でGDP約4.24%)
理由は、農業・健康・教育がダメージを受けるから
技術はある程度は防波堤になるが、その技術力自体が住みやすさに支えられてる
個人的にグッときたのは、この論文が最後に脱成長 vs グリーン成長の議論をしているところです。ここがサブ的にちゃんと論文のディスカッションポイントになっているのはほんとに面白いですね。
この論文は「技術は万能ではない」と言いつつも「だから脱成長や!」とは言ってません。あくまで「住みやすさが技術にも影響を与える」を丁寧に示しただけ。ただ僕は、この冷静な姿勢が好きですね。指標を作って、結果を出して、「これは両陣営に対してこんな示唆がある」と言って、変にどっちかを殴ったりしない。両方の議論を一段深くする材料が出てきて嬉しいです。
参考文献
Gajewski, J.-F., Klein, P.-O., & Tahri, F. E. (2026). Human climate niche, habitability range, and economic growth. Ecological Economics, 250, 109104. https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2026.109104
Xu, C., Kohler, T. A., Lenton, T. M., Svenning, J.-C., & Scheffer, M. (2020). Future of the human climate niche. Proceedings of the National Academy of Sciences, 117(21), 11350–11355.
Dell, M., Jones, B. F., & Olken, B. A. (2012). Temperature shocks and economic growth: Evidence from the last half century. American Economic Journal: Macroeconomics, 4(3), 66–95.
Kemp, L., Xu, C., Depledge, J., Ebi, K. L., Gibbins, G., Kohler, T. A., ... & Lenton, T. M. (2022). Climate Endgame: Exploring catastrophic climate change scenarios. Proceedings of the National Academy of Sciences, 119(34), e2108146119.
Kallis, G., Kerschner, C., & Martinez-Alier, J. (2012). The economics of degrowth. Ecological Economics, 84, 172–180.
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