グリーン成長 vs. 脱成長
さあ5月になりましたね。ドイツは、朝方は10℃前後とまだ肌寒いですが、昼頃から25℃にもなり、汗ばむ日も増えてきました。窓から見えるタンポポは大雪のようにわた毛を飛ばし、りんごの木は潔く白い花を落として、新緑を映えさせております。
さて、そんな優雅な季節の挨拶から始まりまして、今回は「脱成長vsグリーン成長」という、今経済を学ぶ上で、1番ホットなテーマを持って参りました。
取り上げる論文のタイトルもそのまま「脱成長vsグリーン成長」でございまして、2024年3月という新しいものです。1972年から2020年に出版されたジャーナル論文を1449件レビューしまして、両者の現状と欠点、可能性を指摘し、4つの提言をするという趣旨です。いいですねえ。
背景
グリーン成長
まず、グリーン成長と言う概念は、ピアースら(1989)による「グリーン経済のブループリント」から生まれ、2008年の金融危機や環境問題への対応としてOECDやUNEPが取り上げたものだそうです。
UNEP(2011)によると、グリーン成長は以下のように定義されます。
自然資源が私たちの幸福の基盤となる資源と環境サービスを継続的に提供できるようにしながら、経済成長と発展を促進するもの
つまり、市場に基づく手段と技術革新によって、経済成長と環境への悪影響を切り離すことが可能だとするビジョンです。
脱成長
対して脱成長は、解説記事で書いたように、1970年代にレーゲンがその理論的根幹を作り、2000年代初頭のフランスで起こったデクロワッサンス運動に端を発し、その後広がっていったもんどえす。
そして定義は以下のようにされます。
短期的および長期的に、地域レベルおよび地球レベルで人間の幸福を増大させ、生態学的条件を改善する、生産と消費の公平な縮小
つまり、経済成長と環境への悪影響は切り離すことは不可能だとするビジョンです。だからこそ、生産と消費を縮小していくことを求めている訳です。
対立する2つのビジョンですが、この2つについてレビューしたり、同時に研究した論文は少ないそうで、今回の論文は、これまでの研究を比較分析しつつ、両者の関連性などを見ていっております。それでは、4つの洞察をサクッと見ていきましょう。
4つの洞察
1. グリーン成長研究は政策指向・脱成長研究は理論指向
グリーン成長の研究に関しては政策に反映されているものが多く、脱成長の研究はまだ政策に踏み出せていない、と指摘しています。
ただ、これは必ずしも脱成長が遅れていると言うわけでは無いそうで、「異なる発達段階にある」という表現をしています。
というと、脱成長は政策提案を展開できるように健全な理論構築をしており、それが政策決定者を納得させるにもさらに時間がかかるよねという段階だと。
対して、グリーン成長はこれまでの新古典派経済学の枠組みの延長でやっているとはいえ、理論的枠組みはあまり議論されておらず、欠如していると言っております。だからこそ、後に述べるように、社会の側面を考慮できていないところもあるんだと。
つまり、両者のメリット・デメリットは裏表だという訳ですね。おもしろい。
そして、この違いは、グリーン成長が「政府や企業にとって魅力的」なために、政策に反映され、その実証研究が多いと言えるそうな。反対に、脱成長は、「政治的・経済的に物議を醸すもの」とみなされているため、政策的な実証が評価できない状況でもあるんだと。
そのため、脱成長はこれからより具体的な政策への導入を進めて実証研究を行い、グリーン成長は理論の見直しが必要だと言うことです。
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脱成長の研究では、より政策設計と実施戦略を発展させ、それらの運用に取り組むことが重要。
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グリーン成長は、理論的・概念的基盤の向上に取り組むことが重要。
2. 脱成長研究は、「環境・経済・社会」の3つの側面を統合・グリーン成長研究は「社会的な側面」を無視する傾向
こちらに関しては、「持続可能性」に関する理解が重要になります。持続可能性という概念は大きく分けて、「環境・経済・社会」の3つの側面があります。
脱成長の研究は「強いサステナビリティ」と呼ばれるものに属しており、これは単純に言うと、「環境 > 社会・経済」という風に、環境が1番大切であり、環境の非代替性を強く主張しているものです。
反対にグリーン成長は、「弱いサステナビリティ」に属し、これは「経済・社会・環境」に優先順位を付けず、それぞれが代替可能であると主張します。例えば、「森を切り開いて、自然の空気浄化機能が減っても、空気清浄機を買えば大丈夫!」みたいなイメージです。
その点で、やはりグリーン成長研究は「社会」の側面が弱いと指摘します。
研究では、「社会」という用語で特定された10のトピックのうち、「人間と自然」「繁栄と幸福」などを含む9つが脱成長研究が支配的で、グリーン成長は「持続可能な開発」という1つののトピックでのみ支配的だそうです。
一方、「環境」の側面に目を向けると、「定性的調査方法」や「気候変動政策」を含む多くのトピックではグリーン成長が優位であるため、これらの実証系に関しては、脱成長研究者もたくさん学ぶことがありそうです。
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グリーン成長は、社会的側面を統合することが大事。
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脱成長は、グリーン成長の洞察を統合するとメリットが得られる。
3. グリーン成長と脱成長は、交流や相互参照がほとんどない
この論文はネットワーク分析で、特定の50個のトピックについて書かれた論文たちの構造を詳しく見たそうなんですが、両者がかなり孤立していることがわかったそうです。
例えば、「仕事」や「労働者」、「労働」についてのトピックについて、両者は異なる視点から捉えているため、交流が生まれていないといいます。
グリーン成長は、新しい仕事と雇用の創出と、必要なスキル、知識、トレーニングに焦点を当てており、「雇用」、「創作」、「スキル」、「トレーニング」、「教育」などの単語を重要視しているそうで。
反対に脱成長は、無給労働、非正規労働、再生産労働、ケア労働を含む、より全体的で、ジェンダーに配慮した観点から労働問題を取り上げながら、気候変動の解決策としての労働時間短縮政策について議論しているそうです。「女性」、「ジェンダー」、「ケア」、「非正規」、「賃金」、「時間」などの単語が挙げられます。
たしかに全然違いますねえ。こりゃ交流が生まれません。交流が生まれないと建設的な批判や議論もできないので、科学的な進歩にとってマイナスだという訳です。
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脱成長とグリーン成長の間の交流と議論を強化すると、相乗効果が生まれ、科学の進歩が促進される可能性がある。
4. 「社会の移行」というテーマにおいて両者には重要な違いがある
そしてラスト、この「社会の移行」というテーマについての両者の違いに関しては、段落を3つに分けて長々と論じられておりましたが、サクッとまとめると以下です。
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グリーン成長研究では、ボトムアップ型・トップダウン型の両方のアプローチを融合させつつも、政治的な役割を軽視しているため、社会変革の構造的な理解を欠いている傾向がある。
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脱成長研究では、社会運動やコミュニティ活動などで政策を変えていく、ボトムアップ型のアプローチを重要視している傾向がある。また、構造的な変化を求める、より急進的で反資本主義的な戦略も含まれている。
けっこう難しいですが、こういった感じです!
そして、研究では、社会全体の変化と移行を考える際、この2つの研究分野から洞察を深め、統合することができると主張しています。社会変化の構造的な条件や、社会運動、また政治の役割を分析することで恩恵を受けられるという訳です。
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2つの研究分野からの洞察を深め、統合することができる
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特にグリーン成長研究では、ボトムアップとトップダウンの二分法を克服しようとする脱成長研究者の社会理論の統合により恩恵を受けられる
まとめ
個人的に、タイトルが物騒に「脱成長 VS. グリーン成長」と煽っているにも関わらず、内容は「両者どっちもどっち!学び合おうぜ!」みたいなノリなのがとても好きです。
相反している概念にも思えるけど、どっちの勝ちとか、どっちが正しい!ではなく、意味の違いを根底から理解して類似性を見出し、場合によっては相乗効果を持って取り組めるのではないかというフェアな目線が重要だと強く言いたいですね。
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脱成長は理論頑張ってるが、実証が弱い
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グリーン成長は実証頑張ってるが、理論が弱い
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両者があんま交流してないのつらい。もっと建設的に科学しよう
参考文献
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François Schneider, Giorgos Kallis, Joan Martinez-Alier, Crisis or opportunity? Economic degrowth for social equity and ecological sustainability. Introduction to this special issue, Journal of Cleaner Production, Volume 18, Issue 6, 2010, Pages 511-518, ISSN 0959-6526, https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2010.01.014.
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Max Polewsky, Stephan Hankammer, Robin Kleer, David Antons, Degrowth vs. Green Growth. A computational review and interdisciplinary research agenda, Ecological Economics, Volume 217, 2024, 108067, ISSN 0921-8009, https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2023.108067.
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OECD, 2011. Towards Green Growth: Monitoring Progress. OECD Indicators, 2011st ed. OECD Publishing, Paris.
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